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4年前の今日を伝えていく 〜 「はなちゃんの はやあるき はやあるき」
4 年前のあの日は、たまたま次女が熱を出したので、私は会社を、次女は保育園を休んでいました。
お昼ごはんのあと薬を飲ませ、ようやく次女が寝ついた頃、地震はやってきました。

いつもより揺れが大きくて長い。
しかも、治まるどころかどんどん激しくなってくる。

慌てて寝室を飛び出し、台所の食器棚の扉が閉まっていることを確認した後も、まだ揺れ続けています。
居間にある熱帯魚の水槽からは、左右に揺れるたびに水がバッシャン、バッシャンと投げ出されていました。

これはただごとじゃない。
すぐ寝室に戻ると、寝ていたはずの次女は驚きで目をかっと見開き、硬直していました。

ようやく揺れが治まったので、次女を抱いて居間へ戻りましたが、私もいつもの精神状態ではなかったのでしょう。
なぜか
「とにかく、こぼれた水を拭き取らなきゃ」
と、ぼーっと考え、雑巾で床を拭きました。
そして拭き終えてようやく、地震の状況を確認しようと思いつき、テレビのスイッチを入れました。

そこに現れたのは、陸前高田の映像でした。
沖から、発生した津波が沿岸に到達し、次々に陸地を飲み込んでいく。
そんな状況を、自衛隊が空から撮影しその映像を流していたのです。

まるでミニカーのように水田の間の道を懸命に走る車が、迫り来る津波にとうとう追いつかれる姿。
ダンプカーの運転手は、陸橋の上に車を駐めて津波の様子を眺めていました。
まさに今にも彼のいる高さまで津波が到達するというところを、カメラは移動していきました。

私は、目の前に拡がる光景が現実のものとは信じられないと思いつつ
「お願い、早く逃げて!」
という叫びも声にならず、ただ固まって見ているだけしかできませんでした。
あまりの衝撃にしばらく何も考えられず、数分後私はようやく、小学校に長女を迎えに行かねばと我に返ったのです。

あれからというもの、東京湾に津波が来たらと思うと怖くて、海で溺れたことがありその怖さを知っている私は、地下鉄が苦手になりました。
あの映像を思い出すだけで、今も心臓がバクバクします。
4年という歳月が経っても、その光景はしっかり焼き付いており、到底忘れられません。

毎朝、家族と「いってきます」「いってらっしゃい」をするとき、いつも
「もう二度と会えないかもしれない」
と覚悟を持って、心を込めて「いってくるね」と言います。
大げさかもしれないけど、考え過ぎかもしれないけど、でもその可能性はけっしてゼロじゃない。
人生は、いつなんどき、何があるかわからないから。
当たり前にあると思っていることが、奇跡かもしれないから。

「はなちゃんの はやあるき はやあるき」は
「奇跡の脱出」としてニュースになった、岩手県野田村保育所をもとにした絵本です。
何年経っても、あのときのことは忘れられない。

だけど、もし少しずつ忘れてしまったとしたら、それも怖い。
だから、忘れてしまう前に、書き記しておくことにしました。
それぞれがそれぞれの体験を、さまざまな形で、伝えていかねばと思います。
posted by: hee-san | 絵本 | 23:47 | comments(0) | - | - | - |
My Lovely Town 〜おうちへ帰ろう〜



 Ruriko Kawamura
 My Lovely Town

なんとビックリ!
気付けば、もう一年以上もブログを更新していませんでした・・・
 
引っ越しとか転職とか、まあ色々とあったわけですが。
それ以外の事情も諸々ありまして・・・
気持ちの整理をしている間に、こんなに長いお休みとなってしまいました。
 
一年以上となると、悲しい別れもあったけれど、嬉しい出会いもあり。
結局いつだって、感動と感謝の日々なことには変わりはなく。
むしろ、その度合いがさらに深まる一方な気がしています。
 
さて、昨年後半のこと。
少し前まで住んでいた千葉県船橋市のきららホールにて行なわれた、
『船橋ジャズフェスタin Autumn』
というジャズのライブイベントに行ってみました。
 
大好きなジャズですが、これまでなかなか地元で聴く機会はなかったので、少しドキドキしながらの初体験。
主催者のジャズシンガー、河村留理子さんはとにかく溢れんばかりのハッピーオーラをキラキラと纏っている方。
そして、次々と登場するミュージシャンの皆さんのエネルギーもすごかった。
地元ならではの客席との一体感も相まって、予想以上の盛り上がり。
大成功のイベントでした。
 
もっと聴きたかったよ〜〜!
と興奮がなかなか冷めずにいた後日。
また留理子さんが新しい地元でのイベントを企画したというお知らせが。

なんと今度は、『ふなばし紅白歌合戦』!

しかも今回は、いつもお世話になっている歌手の横洲かおるさんや、
会場が熱狂に包まれたソロライブが記憶に新しい小山健さん、
そして『船橋ジャズフェスタin Autumn』でファンになってしまった、
圧倒的な歌唱力を持つシンガーSasammyさんも出演されるというではありませんか。

他にも、船橋の音楽シーンでは知らない人はいないという小松優一さんの名も。
さらに会場が、逸品のシーフード料理でもてなしてくださるFOOD’s BAR unLOCさんとくれば。

これ以上の企画はないっ!
是が非でもと、速攻で申し込みました。
 
そして当日。
やっぱりというか、これでもか!と言わんばかりの贅沢なミュージシャンの方々の歌とトーク。
進行も構成も本当に素晴らしく、笑いあり、感動の涙あり。
出演者と客席、お店のスタッフがまさに一体となって盛り上がりに盛り上がった、貴重な時間となったのでした。
 
大満足の帰り道。
いつの間にか無意識のうちに口ずさんでいたのが、河村留理子さんが昨年つくられたという、オリジナルソング『My Lovely Town』。
ライブでも楽しそうに歌っていらしたこの歌は、留理子さんが東京から船橋に帰る電車の中で、自然に沸いてきたのだそうです。

『船橋ジャズフェスタin Autumn』に続いてまだ二度しか聴いていないのに、しっかりと心に残ったのは。

毎日、頑張って仕事して、悔しい挫折やちょっとした失敗もたくさんあったりして。
でも。
地元に帰れば、自然体な自分を受け入れてくれる仲間がいる。
そして、家に帰れば、家族が笑顔で待っている。
だからまた、明日も頑張ろう。
楽しくて、ちょっぴり切ないけど、元気ももらえるから、つい口ずさんでしまう・・・

そんなステキな歌だから。

素敵な街で、素敵な方たちと、素敵な音楽と楽しい時間を、また今日も共有できた。
そしてきっと、明日も。

さ、家に帰ろう。
星空を見上げながら、幸せを噛みしめた夜でした。

河村留理子さんオフィシャルサイト

 
 
posted by: hee-san | jazz | 23:30 | comments(0) | - | - | - |
自分の身の丈に合うものを 〜 「おおきいツリー ちいさいツリー」
「身の丈にあった」 ということを、常に意識するようにしています。

高価なものを所有しないように。
背伸びして無理なことをしないように。

若い頃は身の丈って何のこと?とばかりに、いろいろと無茶をしでかしました。
大失敗を繰り返したおかげで、今があるのですね。
身の丈に合わないことをすると、あとで必ず痛い目に合う。
自分にとっての「身の丈」がようやくわかるようになってきました。

もちろん今も、夢は大胆に追い続けているつもりですし、直感を信じて動くタイプなので「これ!」と感じたら、どんなことでも迷わず即、行動に出ます。
でも、それと同時に、分相応であることも見失わないように心掛けています。
たぶん、両者のバランスをうまくとることが、人生においてとても大事なのではないかと思うからです。
このバランスが崩れると、必ずどこかで無理が出て、車輪が外れた馬車のごとく崩壊の危機に瀕する気がします。

だから、自分の身の丈を知ることはとても大事だと思います。
では、手にいれた後に合わないと思ったものは?
…手放せばいいんです。
きっと、ぴったりと合う人の元に渡っていくでしょう。とても自然になりゆきで。

とはいえ、そんな簡単なことが簡単でなくなっている現代社会の世の中です。
おそらく難しく考えすぎて、様々なことが複雑に絡まってしまっているのでしょう。
ひとつひとつほどいてまっさらにして、見つめなおせば案外シンプルなことなのに。

人と人との関係も、この世に存在するすべての存在との関係も、自分の身の丈を知り、分相応をわきまえれば、自然とよいバランスを保って共存できるはずなのです。
高い能力を持つ者が世界を支配し繁栄をもたらすというのは幻影にすぎません。
身の丈をわきまえずコントロールできると思いこみ、結果、想定外のことが起きたと感じたとしても、それは元々、想定外ではないのです。

いっぽう、小さなこどもや生きものたちにとっては、身の丈は既に本能で知っているシンプルなことだったりするようです。

ウィロビーさんのお屋敷に届いた大きなツリー。
ところが、飾ってみると、ツリーの先が天井につっかえて曲がってしまったので、執事を呼んでツリーの先を切りました。
切られて小さくなったツリーの先は、次々に動物達の元に渡っていきます。
その都度、その動物の家に飾るのにちょうどよいサイズになって。
彼らは、自分の身の丈に合うサイズにしただけのことですが、不要になったものはほかの誰かに渡っていく。
結果的に、幸せのおすそ分けとなって・・・。

それはたった1本のツリーではあるけれど、人生に必要なさまざまなことを教えてくれるような気がします。
そして一番大切なことは、おおきいツリーもちいさいツリーも、みんな同じように幸せな気持ちで満たされること!
posted by: hee-san | 大人にも読んでほしい絵本 | 23:15 | comments(0) | - | - | - |
♪ 長女10歳の誕生日を迎えて 〜 フェッラーリ「私は黄金の髪に惹かれる」〜Ferrari / Io son amante d'un crin aurato ♪
数ヶ月前のことになってしまいますが、長女が10歳の誕生日を迎えました。

10歳ということは、10年生きてきたということになります。
そして彼女が10年生きてきたということは、私自身も彼女をお腹に宿してから10年ちょっと、彼女の親として生きてきたことになります。
10年という長い年月をこんなにもあっけなく迎えてしまったことに対して、感慨というよりはむしろ焦りを感じてしまうのは、いかにも私らしく情けないところ。
この10年の間に、あれやこれ、もっと彼女に対して、してあげられたことやしなければならなかったことがいくらでもありそうで…。
「子は親の鏡」とはよく言ったもの。
自分が親になってはじめて、その言葉の重みに気が遠くなりそうです。

とはいえ、親のそんな無責任さに早くから見切りをつけているのか、長女は彼女なりにしっかりと、自分の足でここまで歩いて来ているようにも思えます。
生後まもなく絵本の読み聞かせを始めたら、生後3ヵ月には既に自分でページをめくるようになり、3〜4歳の頃には、毎晩寝る前に10冊ほど読んであげないと寝ようとしないくらい、絵本好きだった彼女。
字が書いてあれば片っぱしから何でも読む彼女は、この夏、「アンネ・フランクの日記」をじっくりと読んでいました。
そして小学校の部活でオーケストラ部に入ってからは、仲間たちと毎日少しずつ練習している成果が少しずつながらも見られ、この先、音楽を演奏することのおもしろさを発見して、自ら取り組んでくれる日が訪れますように・・・と願っています。
 
さて、そんな長女の10年の軌跡を思っていたころ、両親に歌をご指導いただいているテノール歌手の福島康晴さんが主催した、「イタリア・バロック音楽の世界」というリサイタルを聴きに行きました。
イタリアの古楽器であるテオルボ、バロック・ギターなどの奏者、高柳義生さんとチェリストの懸田貴嗣さん、そして福島さんの歌という、何ともシンプルなトリオが、教会で奏でるイタリア・バロック音楽。
教会独特の静寂の中で少し私は緊張気味。
けれど演奏が始まると、柔かな歌声と楽器が奏でるハーモニーが幾筋もの音の光となって、さながら天使の舞いのように穏やかに美しく胸に響いてくるのでした。

中でも、アンコールでも歌われたフェッラーリの「私は黄金の髪に惹かれる」は、どこまでも続く黄金に光る花畑の中から、そよ風に吹かれてゆったりと歩いてくる少女の姿が見えてくるステキな曲で、それはまるで、私から見た長女のイメージにぴったりだったのです。
彼女のスタンス、彼女の生き方を、そのまま歌にしたようにイメージが湧いてきました。
残念ながら、この歌は福島さんご自身はCDに録音していないとのことなので、また機会があれば今度は長女を連れてリサイタルを聴きに行きたいと思っています。 

これからも長女には、彼女らしく軽やかに、彼女の人生を歩んでいってほしい。
それが、私から10歳の長女への今の思いです。
posted by: hee-san | classical music | 00:08 | comments(0) | - | - | - |
身近な幸せに感謝するとき〜「ロバのシルベスターとまほうの小石」
次女、6歳4ヵ月。

先週、久しぶりに保育園にお迎えに行ったところ、園庭から次女と担任の先生が駆けてきて
「今日、やってみようかって言ったらすぐ、てつぼうでさかあがりができたんですよ!
なわとびで、あやとびもできるようになったんです!」
と、先生が息を弾ませながら教えてくれました。

こどもの成長をまるで自分のことのように喜んでくれる先生に、まず心から感謝。
「初めての瞬間」を母の自分が見てあげられなかったのはちょっぴり残念だけど、毎日こどもたちを外でいっぱい遊ばせてくれて、保育園って本当にありがたいと思います。

実は一週間前にも、外から夫と一緒に帰って来た次女が頬を紅潮させながら
「ママ!自転車、乗れるようになったよ!」
と、補助輪なしで自転車に乗れるようになったことを嬉しそうに報告。
そして
「自転車乗れるところママに見せたい!」
と毎日のように言われ・・・
ようやく昨日、雨の止んだ隙を狙って、自転車にまたがる次女と外に出ました。

嬉々としてあっという間に遠くまで行ってしまう次女を眺めていたら、目の前をトンボが数匹、つつーっと飛んで行き、なんだか
「ああ、幸せだなあ」
と、娘の成長をのんびりと見守ることができる幸せを噛みしめました。

世の中では恐ろしい出来事が日々起こっていて、いつなんどき、自分や家族もその当事者になるかわかりません。
私自身、過去何度もヒヤッとした経験があり、今自分がこうしてあることが奇跡のように思えることもしばしば。
大げさかもしれないけれど、日々の小さな幸せがどんなにありがたいことか、つくづく実感しています。

だからロバのシルベスターのお話は、他人ごととは思えません。
ある日、何気なく拾った魔法の赤い小石によって、運命が一瞬にして変わってしまったシルベスター。
いくら後悔しても、元の自分に戻りたいと願っても、時間は非情なまでに過ぎていきます。
それまで当たり前だと思っていた日常生活を突然失い、愛する家族と二度と会えなくなったのだと悟ったとき。
どんな絶望がシルベスターを襲ったか、考えるだけで恐ろしくて苦しくなってしまいます。

でもね、運命は悪いほうに転ぶとは限らないのです。
この絵本がハッピーエンドで、本当によかった。
やっぱり、幸せは身近なところにあるのですね。
毎日を大事に生きよう、家族には常に愛を伝えよう、と思う一冊です。





posted by: hee-san | 絵本 | 01:40 | comments(0) | - | - | - |
長い年月を経て戻ってきてくれたもの 〜「わたしとあそんで」
数日まえ、なんじゅうなんかいめかの、誕生日を迎えました!

誕生日の一カ月ほどまえになりますが、高校時代の友人と数年ぶりに連絡を取る機会がありました。
同じ音楽を学ぶ仲間として、高校3年間を一緒に過ごした彼女は、当時からマイペースで自らの信じた道を進み、友人のことはニコニコと見守ってくれるタイプ。
私の高校・大学時代のニックネームだった「マイケル」の名付け親も彼女でした。
(MJではなく、「What's Michael!」という当時流行ったコミックスの主役のネコの名前です・・・「とぼけた顔が似てる!」と言われました・・・!)

そんな彼女が、高校1年の私の誕生日に、一冊の絵本をプレゼントしてくれました。
「もりのなかへ」などで有名なエッツの「わたしとあそんで」。
一緒に遊びたくて野原に飛び出した少女のことを、一旦は怖がって逃げてしまった動物たちが、少女がじっと待ち続けることで戻ってきてくれた・・・というお話です。

私が絵本マニアであることは一度も話したことがないのに、どうしてわかったんだろう?と、私は大喜び。
ところが、なぜこの絵本を選んだのかと聞いたら、返ってきたのは、「う〜ん、なんとなく」という、あいまいな返事。

今回、数年振りに連絡をとったとき、
「今でもあの時もらった絵本、大事にしてるよ〜。でも、どうしてあの絵本だったの?」
と改めて彼女に問いかけたら、こんな返事が返ってきました。

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あの絵本は、父がかつて勤めていた会社の社長が、社員の子どもたちに小学校入学祝いとしてプレゼントしてくれた絵本です。
当時もらった同じ絵本が、私の手元に今でもあります。
マイケルの誕生日のときは、女子高生への誕生日プレゼントにしてはちょっと的外れだけど、逆にいいんじゃないかな、という気がしたのは覚えているよ。

この絵本の内容が、読むときの自分の状況や気持ちによって、違う意味に感じられるのは、私だけかな?でも、
「時間はかかるけど、信頼したり、信頼されるようになれば、周りの人々は必ず仲間になれる、友達になれる」。
そんなメッセージを感じるところが、この絵本の好きなところかなぁ。

高校生の頃のマイケルは、もしかしたら本当の意味で、音楽を心から楽しむ術を知らなかったのかも。
私はそれを感じていた気がします。
何も知らないクセに、勝手なことを言ってごめんね。
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うわ〜〜〜。そうだったんだ!
すっかりバレてたんだなあ、さすが彼女だ・・・ !と驚きました。

当時の私は、ピアノにしろ他の楽器や歌にしろ、演奏は上手いか下手か、どちらかしかないと思ってました。
上手ければ凄いと思い、下手だと、自分のことは棚に上げて、「なんでこの人音楽やってるんだろう?」と理解できませんでした。

当時は年に一度、高校ではソロの演奏会のほかに、全員でオーケストラや合唱、ミュージカルなどが出し物の定期演奏会があったのですが、私にとっては、演奏以外のことはすべて面倒なだけで、嬉々として準備をしている仲間たちのテンションの高さが理解できませんでした。
放課後も、台本を書いたり衣装をつくったり、振付の打ち合わせをしたり・・・と、演奏会に向けてやることは山のようにあったのですが、キャッキャッと楽しそうな同級生たちを尻目に、私ときたら、
「授業が終わったら一刻も早く自宅に帰ってピアノの練習をしたいのに!」
とイライラしていいました。

当然、本番が終わった後の充実感も違ったのでしょう。
私は「あ〜終わった」程度の感覚でしたが、みんなは感極まって抱き合い、泣き笑いしていたものです。
今回彼女に連絡をしたのは、共通の知人のコンサートや、私が企画にかかわった音楽イベント「フナッシュモブ」、ピアノを弾きあう会などへのお誘いでした。
「絶対楽しいし、感動するから、ぜひおいでよ!」
と熱烈に誘う私は、そう、当時の私とは別人になっていたのでしょう。
彼女はまたもや、敏感に私の変化を読み取っていました。

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「わたしとあそんで」の女の子はマイケルで、周りの動物たちはいろんな音楽そのものであり、今の音楽の仲間なのかもしれないね。
いっときはマイケルの元を去ったかもしれないけど、戻ってきてくれた。
大切なものとなって。
いずれにしても、私はとっても嬉しいです。
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着実に学生時代からの夢を実現し、現在はリトミック指導者の第一人者として活躍している彼女。
リトミックに出会ってから、“自分”と“音楽の本当の意味”を知ったそうです。

彼女には、いつまでもかなわないだろうなあ。
でも、なぜかとっても嬉しい敗北感だったのでした。
posted by: hee-san | 絵本 | 23:21 | comments(0) | - | - | - |
♪ 可能性に満ちている楽器、それがコントラバス 〜 井上裕介さん ♪
高校でチェロを弾いていた先輩が、プロ・オーケストラのコントラバス奏者になられたと聞いたとき思い浮かんだのは、オーケストラの後ろのほうで大きな楽器を抱えてギーコギーコと弓を動かす姿でした(失礼!)
ジャズでのベースは傍目にも要の存在ですが、クラシック音楽でのコントラバスってどんな立ち位置なんだろう?チェロ奏者は何人も挙げられますが、コントラバス奏者といえば、これまで“ミスター・コントラバス”と称されているゲイリー・カーしか知りませんでした。
そう思っていた矢先、先輩から「ザ・ストリングス名古屋」東京公演の報せが。
しかも何と今回は、演目にコントラバスのソロがあるというではありませんか!
これは何が何でも駆けつけなければ!
そしてこれを機に、コントラバスという楽器について知っておきたい!
というワケで、今回は高校の先輩であり、名古屋フィルハーモニー交響楽団(以下、名フィル)およびザ・ストリングス名古屋のコントラバス奏者、井上裕介さんにお話を伺ってきました。



  弦が張ってあればどんな楽器でも!というくらい抵抗なく弾けた

――そもそもの疑問、チェロからコントラバスに移行した理由を教えてください

チェロを始めたのにも、さほどこだわりがあったわけではないのですよ。
実は中学まではバスケットボールに心血を注いでいて、楽器は触ったことすらありませんでした。
そのままバスケの有名高校に推薦入学の話もあったのですが、中3の秋、試合中に肩を脱臼してしまい…。
バスケの道は諦めざるを得ず、しばらくは放心状態の日々を送っていました。
そんなある日、ふと、7歳上の兄が使っていたフォークギターを何気なく手に取ってみたら、抵抗なく弾けたので、試しにクラシックギターを購入。
当時は、楽譜すら読めなかったので、曲を聴きながら「禁じられた遊び」に挑戦してみたところ、大体弾けてしまったのです。
それを見て驚いた兄が、音楽を勉強できる高校を調べてくれて…。
音楽の専門科があり、かつ管弦楽部の活動が盛んだった地元の高校に進学しました。
入学してみたら、クラシックギターは学べないということが判明したのですが(笑)、ちょうど顧問の先生がチェロを弾く方だったので、まあ、弦が張ってあればどんな楽器でもいいかと、その先生からチェロの手ほどきを受けて、授業や管弦楽部でチェロを弾き始めました。

――それがチェロのはじまりですね。では、コントラバスへの転機は? 

高校2年の夏の初め頃だったか、管弦楽部の定期演奏会のために、管弦楽部のOBで、部内で「チェロの神様」と呼ばれていた畑野誠司さん(現:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団在籍)が指導でいらっしゃいました。
何度か畑野さんと並んでチェロを弾かせていただいたところ、畑野さんから
「君、チェロは習っているの? 先生についてきちんとレッスンを受けたほうがいいよ」
と言われまして…。
実は、授業でチェロを教えていただいた先生は異動になってしまっていたため、畑野さん直々にご指導いただけることに。
半年ほど自宅で個人レッスンを受けたのち、秋の弦楽部定期演奏会当日、舞台袖で
「音大に来ないか」
と誘っていただいたのです。
そして誘われるまま、高校3年の夏、東京音楽大学で、畑野さんの師匠にあたる堀了介先生のマスタークラスを受講しました。
すると今度は堀先生から
「君、本当にチェロがやりたいの?体の大きさを活かして、コントラバスをやってみないか?」
と言われまして…。
畑野さんの熱心なご指導でチェロの腕も上達してきたところでしたので、さすがにそれは迷いました。
が、畑野さんに相談したところ、
「折角のチャンスだから前向きに検討していいんじゃないか」と…。
そこで、大御所の方々がそう仰るなら、と素直に受け止め(笑)、高校3年の秋の音楽会でのソロ演奏を区切りに、チェロはからコントラバスへと切り替えたのです。
東京音大でコントラバスの指導をなさっている松本武全先生のレッスンを11月1日から受け始めたのですが、結果的に武全先生は、僕にとっては唯一のコントラバスの師匠になりましたね。


  求められたら応えなければいけないし、運や巡り合わせはとても大事

――演奏する楽器を変えてもすぐに弾けるものなのですか? 

コントラバスの第一回目のレッスンは、
「コントラバスは、チェロとは逆に弓を持ちます」
というところから始まりましたよ。
しかも譜面は同じだけど、音程はチェロより一オクターブ下。
あまりに違い過ぎて、混乱することもなかったのが幸いしたかもしれません。
でもとにかく、高校の音楽練習室で、朝から晩までひたすらコントラバスの練習をしていましたね。
あ、楽器はもちろん高校のものでしたが(笑)。
その甲斐あってか、無事、東京音大のディプロマコースに合格しました。
とはいえ、コントラバスを弾き始めたのが遅いという事実は変わりません。
入学後は、基本中の基本であるハ長調のスケールから練習を始めたのですが、周りの同級生は既にソナタを弾いているという状況でしたから、とにかく彼らに追いつかなければ!と、同級生が3時間練習していたら自分は6時間練習する、といった具合で連日練習漬けでしたね。 
そんな状況だったにも関わらず、僕は本当に運がよかったと思います。
まだ入学間もない5月には、地元の合唱団の伴奏に呼ばれ、そこで初めて、コントラバスの演奏でギャラをいただきました。
まだスケールしか弾けないのに(笑)。
でもこの世界は、求められたら応えなければならないし、運や巡り合わせがとても重要だと思いました。
そんなご縁を大切に、ひとつひとつの仕事を丁寧に取り組んだ結果、卒業前には希望していた名フィルのオーディションに合格し、無事、入団することができました。



――入団2年目でソロ奏者になられたそうですね。 

プロのオーケストラでソロを務めるなんて、おこがましいと思いましたね。
しかもすぐに、マーラーの交響曲第一番「巨人」のソロを弾くことになったのです。
この曲の第3楽章は、冒頭にティンパニーの音が2小節続いた後、コントラバス一台のソロ演奏が始まるのですが、どんな巨匠でも指が震える、と言われているほどの難曲です。
案の定、極度の緊張がばれてしまい、指揮者の先生から
「巨人のソロは今回初めて?だったら、こんな気持ちで弾いてみたら?」
とアドバイスをいただいたりして、無我夢中でしたね。
本番を弾き終えたときのオケの仲間たちのリアクションがとても温かく歓迎ムードで、一生忘れられない思い出となりました。

――ザ・ストリングス名古屋の今回の定期公演について教えてください。 

名フィルメンバーを中心に弦楽アンサンブルである「ザ・ストリングス名古屋」が結成されたのは94年。
私が名フィル入団後間もなく、鳴り物入りで発足しました。
現在は、名フィルのコンサートマスターである日比浩一氏が同ストリングスでもコンマスを務めており、編成は、1stヴァイオリン4、2ndヴァイオリン4、ヴィオラ3、チェロ3、そしてコントラバスが私一人、の計14名です。 
ただでさえ出番の少ないコントラバス、実は昨年の公演では、出番は全体の3分の一程度しかありませんでした。
そのためか、公演後の打ち上げで日比さんから「来年は音符を増やして、ソロを弾いてみない?」と提案をいただきまして…。

いろいろと考えた末、イタリアの作曲家であり、コントラバス奏者でもあるドラゴネッティの「アンダンテとロンド」を今回の演目に選びました。
ドラゴネッティは1700年代後半の音楽家ですが、それまでオーケストラの譜面ではチェロとコントラバスを同じパート譜にするのが普通だったそうです。
それがドラゴネッティの卓越した演奏技術の影響で、コントラバスのパート譜をチェロのパート譜とは別に作るようになったという、コントラバス弾きにとっては特別な存在です。
また、この曲はコントラバスとピアノ伴奏などのバージョンもあるのですが、今回はオリジナルのものにこだわりたいと思いまして、ドラゴネッティ本人がオーケストレーションしている、大英図書館所蔵のドラゴネッティ自筆譜を使用することにしました。 

もちろん、演奏会ではコントラバスだけでなく、アンサンブルの魅力にもご注目ください。
少人数ならではの個々人のプレイヤーの個性も出しつつ、それがどう融合するのか、ステージ上の対話を楽しんでいただきたいですね。


  他の楽器には出せない、独特の重厚な響きを感じてもらいたい

 ――最後に、コントラバスの魅力とは? 

コントラバスという楽器自体がまだよく知られていないし、演奏する人間の技術としても未発達な部分もあるため、逆に、これからの可能性が多分にある楽器だと思います。
そして、決して媚びを売る演奏というわけではないけれど、聴く側にとって聴きやすいようにも弾けたらいいなと。
他の楽器には出せない、コントラバス独特の、低く重厚なドーンとした響き、これを一人でも多くの方に馴染んでもらいたいのです。
そういう機会が現状では全然足りないと思うし、技術的にもまだまだ発展途上。
そういった意味で、コントラバスは可能性に満ちていて、それも私にとっては魅力なのです。 
ぜひ演奏会では、ホールやその空間に響きわたる、コントラバスの振動や空気を体で感じ取っていただければと思います。
そして、このようなソロ演奏の機会を与えていただいたことで、コントラバスの魅力をより多くの人々に知っていただきたいですね。 

裕介さんのコントラバスは1850年頃製作のもの
通常は渦巻き状になっている糸巻部分がライオンヘッドに!

****************
■インタビューを終えて 
取材前、「コントラバスのことは何て呼べばいいんだろう?」と迷っていました。
コンバス、弦バス…? と問いを投げたところ、裕介先輩は「コントラバス」ときっぱり!
「正式な名前で、この楽器を浸透させていきたいからね」とのことでした。
気付けば予定の時間を大幅にオーバーし、2時間以上経ってもまだまだお聞きしていたい楽しいお話ばかり
そのお人柄がこれまでのご縁をつくって来られ、色彩豊かな音色を作り出すに違いない、と確信しました


ザ・ストリングス名古屋 
第18回定期演奏会:5月27日(月)
名古屋・伏見・電気文化会館
19:00開演

第6回東京公演:6月24日(月) 
Hakuju Hall
19:00開演

R.シュトラウス:歌劇「カプリッチオ」序曲
ドラゴネッティ:アンダンテとロンド ニ長調(Cb独奏)
ロッシーニ:弦楽のためのソナタ第一番 ト長調
シェーンベルク:浄夜 op.4(弦楽合奏版)


 井上裕介さんのコントラバスソロ演奏が聴ける!その他の演奏会情報 

名フィル主催サロンコンサート
リハビリー・ベース II:8月9日(金) 
名古屋市音楽プラザ 
18:30開演

アベル: 無伴奏ソナタニ長調
タバコフ:無伴奏コントラバスのための「モティヴィ」 
フリーバ:コントラバスのための古典様式による無伴奏組曲
posted by: hee-san | Interview | 01:39 | comments(0) | - | - | - |
カステラは幸せなこども時代の記憶 〜「ぐりとぐら」
春の大型連休、今年も無事、乗り切りました。
次女の誕生日、夫の実家への帰省、アウトドアな遊び、自宅での親子クッキングやガーデニング…と、普段はなかなか時間がとれず実行できないイベントがてんこ盛り。
ところが残念ながら、本来なら率先して楽しむべき家族のイベント、私の場合は悲しいかな、そんな余裕はなく、娘たちに喜んでもらうために何とか必死にこなした、という感覚です。

次女から頼まれていたフェルトの手作り絵本は数日間夜なべして縫いあげたし、バレンタイン以来のお菓子づくりにとしてせがまれていた型抜きクッキーづくりも、この休みを利用してようやく実現。
普段できない後ろめたさを一気に解消すべく、頑張った感満載。
ようやく日常に戻り、やれやれと一息ついているところです。

とはいえそもそも私は、こどもが生まれたら母親業に専念して、おやつや服は手作りしたいなあ、というのが夢でした。
そして庭は花や緑でいっぱいにして、できれば大きな犬も飼いたい。 
好きなピアノを弾いてこどもたちと音楽を楽しみながら、ゆくゆくは小さな絵本屋さんを営んで…。

ところが現実の私ときたら!
毎日会社勤めでくたくたになって帰宅。
日々の食事の支度さえ、いかに手をかけず満腹にさせるかで精一杯です。
時間がなく疲労がピークのときは、身体に悪いとわかっていながら、おやつはスナック菓子、食事はハンバーガー、お惣菜に頼ることもしばしば。
それらを単純に喜んで食べている娘たちを見ると、罪悪感でいっぱいになります。
しかもピアノを弾いたりインタビューに出かけたりと、母親業に専念どころか、わが子のために使える時間は減る一方。
どうしてこう、理想と反対の方向に突き進んでしまうのか、我ながらさっぱりわかりません…。

ちなみに、前述の夢の生活のひとつひとつは、私が子供のころ、まさに母がしてくれたこと。
母が焼き上げてくれたマドレーヌやパウンドケーキ、妹と三人で好きな形につくったクッキーやパン。
近くの山へ出かけたピクニックで、野苺を摘んで煮込んだジャム。
そしてそれらが焼きあがったときに部屋中に広がる、バターの香ばしいにおい。
天気のよい日は庭でレジャーシートを広げてお弁当やおやつを食べたり、みかんの実を収穫したり。
センスのよい手作りのワンピースやスカートは、ずっと私のお気に入りでしたし、遊び道具にシャボン玉液までつくってくれた母。
今でも、まるで昨日のことのように鮮明に覚えています。
「当時は近くにお店があまりなかったから、お菓子にしろ服にしろ、手作りするしかなかったのよ〜」
というのが母の言い分ですが、それがどれだけ娘に幸せな記憶をもたらしたことか!
全力で母親業をまっとうできない後ろめたさと申し訳なさを感じつつ、それでも仕事や自分のことはやめられない。
いつも、そのジレンマに苦しむのです…。

日本の絵本の王道「ぐりとぐら」を読むと、私はいつもそんな複雑な気分になります。
みんなが大好きな金色に輝くカステラは、私にとっては母が焼いてくれたマドレーヌの味。
目をキラキラ輝かせながら何べんも読んだ、大好きな絵本です。
ところが、うちの娘たちは、本棚にいつも置いてあるこの本を読んでとせがんでくることは滅多にありません。
大きなカステラの登場も、彼女たちにとって響くものではないようです。
昔と違い、おいしいお菓子が巷にあふれているせいかもしれません。
でも、もしかしすると、私が滅多に手作りのお菓子をつくらないからなんじゃないか…と深読みしてしまい、胸がチクッと痛むのでした。
posted by: hee-san | 絵本 | 22:28 | comments(0) | - | - | - |
♪ ジャズというジャンルを超え、心地よく、進化し続けるサウンドを届けたい 〜 永田ジョージさん ♪
ボサノヴァやポップスをジャズにアレンジし、ゆったりと心地よいピアノの音色を響かせてくれる、ピアニストの永田ジョージさん。
ヴォーカリスト伊藤大輔さんとのトリオ・ライブで演奏を聴いたのがジョージさんとの出会いですが、その後共通の知人が多いことも判明。
その爽やかな笑顔と音楽を携えて、知り合えばいつのまにか仲間になってしまう、不思議な魅力を持つジョージさん。
しかも演奏のみならず、多岐にわたる音楽活動を精力的に展開。“Groove Pockets”という、様々なミュージシャンとコラボレートして最高のライブ体験を多くの人たちに広めていくライブ・プロジェクトをつくり、さらに活躍の場をどんどん広げています。
4月29日(日)には初のソロライブも控えているというジョージさんに、お話を伺ってきました。



まずは、ジョージさんのピアノと露木達也さんのギターが織り成す、海の香りがほんのりと感じられるアルバム「Brasilian Groove - Live at Coffee Bigaku」の世界を味わえる映像をご覧ください 




  「現在(いま)を切り取る音楽」として、進化し続ける

――スタンダード・ナンバーをジョージさんらしくアレンジしたステキなアルバムですね!
この作品を始め、
ジョージさんが最も注力している“Groove Pockets”について教えていただけますか?

一般的には難解な音楽だと思われがちなジャズですが、もっと誰にでも親しみやすいものにしたい。
そんな思いから、ライブ・ミュージックを通じて、様々な形で世の中にジャズのよさを広めよう、とプロジェクト化したのが“Groove Pockets”です。
1930〜50年代に生まれた当時のジャズを今の人が聴いても、「なんか古くて難しいものやってるね」というイメージをもたれるのですが、そもそもジャズは、ミュージシャンたちが、その時代背景や文化に触発されつつ、ジャム・セッション(即興演奏)などを通じて彼らの感性で自由に作りあげていった、「現在(いま)を切り取る」音楽ですよね。
そう考えると、2000年代のジャズは当然、当時とは違う、僕ら世代のミュージシャンだって、自分たちの感性で自由にスタイルを作っていけばいいワケです。
例えばポップスやブラジリアンなど、現在触れられる世界中の音楽を融合し、ジャズというジャンルを超えて進化し続けるサウンドを、多くの皆さんに楽しんでいただきたいと思っています。

――ジャズに魅せられたきっかけは?

大学入学後まもなく、フラッと訪れたジャズ研究会。
そこで流れていたビル・エヴァンスのピアノを聴いて、衝撃を受けたのが出会いですね。
今まで聴いたことのないような懐かしさ、そしてこの上ない美しさに惹きつけられました。
それまではポップスやロックなど、普通の若者が聴くジャンルの音楽を聴いていたのですが…。
そしてすぐに、自分でもビル・エヴァンスのようなピアノを弾きたい!と思うようになりました。
実は8才から15歳までクラシック・ピアノを習っていたのですが、クラシックは解釈に制約が多く、正しく演奏しなければならないうえ、普段聴いているジャンルの好きな曲も弾けないので、僕には合わなかったのです。
でもジャズならば、どんな曲でも自分の好きなようにアレンジして弾いていい。
その自由さがぴったりはまり、どんどんのめりこんでいきました。
基本的にはプロの好みの演奏を真似してみるなど自己流で学びつつ、機会があればプロやセミプロのジャズピアニストの方に演奏のヒントを教わりながら、腕を磨いてきました。


モーション・ブルー・ヨコハマ」でのステージ。ピアノの旋律が緩やかに流れていく。


――
とはいえ、大学では工学を専攻していらしたんですよね。

はい。大学卒業前に進路を決める際、ジャズを本格的に学べるバークリー音楽大学への留学、という道も選択肢のひとつにありました。
しかし当時父親から、
「音楽だけで生活していくのは難しい。まず他の仕事で食べていけるようになってから、それでも音楽をやりたかったらやればいいじゃないか」
というアドバイスをもらい、まずは日本IBMに就職しました。
しかし、ピアノへの思いはますます強くなっていきましたね。
よく「二足のわらじ」と言いますが、二足だとどちらも片方ずつしか履いていないことになるじゃないですか。
僕自身は「3.5足のわらじ」と言えるくらい、仕事もピアノも100%本気でやっていましたね。
そんなペースでしたから、2008年頃には月に1本だったライブの頻度が、2012年には月4〜8本くらいに増え、そうなると身体もスケジュール的にも、さすがに厳しいなと感じるように…。
同時にその頃、「あともう少しで、もっとブレイクスルーできる」というのを何となく感じていたのです。
でも、なかなか先に進むことができなくて。
やはり、ツアーに出たりレコーディングに参加するなどの新たな演奏の機会をつかんでいくには、さすがに昼間の時間サラリーマンをしていたら無理ですよね。
そこで、思い切ってこのタイミングで、音楽1本でやっていこうと決心しました。


  “Please keep playing" ― 弾き続けること

――何か転機になる具体的な出来事があったのですか?

特別なことがあったわけではないですね。
ずっと弾き続けてきた、その延長線上に道が拓けていたという感じです。
強いて言えば、「ずっと弾き続けて」来られたひとつの理由として、こんなエピソードがあります。
大学時代、憧れていたジャズ・ピアニストのBenny Greenに初めて会ったときのこと。
アドバイスをもらおうと彼の前で『Jubilations』という曲を弾いたところ、
「君、リズムがいいね」と言ってくれたのです。
僕自身が尊敬してやまないピアニストからの言葉ですから、とても自信になりました。
しかも、CDへサインをお願いしたところ、ひと言 “Please keep Playing”と書いてくれたのです。
「弾き続けろ」――それ以来、僕の心にずっと残っていますね。「継続は力なり」です。

――晴れて音楽1本の道を歩み始めたわけですが、どんなスタイルで演奏活動をなさっているのですか?

“Groove Pockets”では、「型にハマらない自由さ」をモットーにしています。
自分も、また、コラボレートしてくれるゲストミュージシャンみんなを、型にはめることなく、ブラジリアンがいいなあと思ったら露木達也&ヤマカミヒトミと組んでみたり、ポップスがいいなと思ったらRay Yamadaとのライブを重ねてみる。
Ray以外でも、最近はポップスの方々とのライブにおいて、僕が今まで経験してきたjazzyなグルーヴを流し込むのを楽しんでいます。
そんなこともあり、スタート地点での肩書はジャズピアニストでしたが、今は「ミュージックエンタテイナー」と名刺にも書くようになりました。
ジャズピアニストと名乗ってしまえば、ジャズが苦手な人を楽しませることができないし、僕にとって何より重要なことは、音楽を通じて皆さんを楽しませること。
ですから、ジャンルを問わず、心地よい音楽を皆さんに提供していきたいと思っています。 


この日はヤマカミヒトミさん、露木達也さんとのブラジリアンライブでした!


――4/29には初のソロライヴも控えていますね。

アコースティックピアノを使ってのソロライブは初めてなので、正直なところ不安もあるし、プレッシャーも感じています。
実はこれまで僕がステージに立ったライブは、圧倒的にボーカルライブが多いのです。
それはボーカリストの皆さんと一緒に素晴らしい音楽を創っていけるという楽しさがあるいっぽうで、ともすれば、ボーカルに頼っている、サポートしかできないと思われてしまう危うさもあるわけです。
ボーカルなし、ピアノの音1本で、僕がどこまでお客様を楽しませられるか。
このテーマに、そろそろ本腰を入れて取り組んでいこうと思っています。
“Groove Pockets”のウェブサイトをご覧いただければわかりますが、これまでも自宅からUSTREAMでピアノソロの演奏を動画配信しています。
これを見て「ジョージのピアノって心地いいよ」という感想をいただくことも多いので、本番もそんな感じになるかもしれませんね。
コンセプトは見てのお楽しみ、まだいろいろ考えていますが、オールジャンルでさまざまな曲をお届けしたいと思っています。
そして、来てよかった、また来たいと思っていただけるようなソロライブを今後も定期的にやっていきたいですね。

  サーフィンが「もっと自由に、自分を開放していい」と教えてくれた

――ソロ以外での今後の活動予定を教えてください。

先ほどもお話しましたが、僕にとって将来の自分は、あくまで今の自分の延長。
インストのバンド、ボーカルデュオ、ソロなど、自分の将来の演奏の幅を拡げるために、制限を設けずチャレンジしていくつもりです。
今後の目標は…やっぱり、弾き続けること。
そして弾き続ける過程で、色々なステージを経験し、まずは40歳までにブルーノート(注:N.Yに本店を持つ、由緒あるジャズクラブ)や海外のジャズフェスティバルに出演したいですね。
そして、僕の音楽を導いてくれたカリフォルニアで演奏したいなと。
社会人になってから、MBAの勉強のためにカリフォルニアに2年間留学していた時期があります。
現地では勉強のほか、「サーフィンして、ピアノを弾いて」という生活を送っていたのですが、これを繰り返していくうち、自分の中でのジャズに対する固定概念が崩れていったのですよ。
「もっと自由になれる」と。
ジャズとはこうあるべき、と思っていたのが、もっと自由になっていいし、もっと自分を開放していいんだ、と気付きました。
それまでは力んで難しそうな曲を難しそうに弾いてたんですけど…。
力を抜いて、かつ音楽のエネルギーを感じながら、そのエネルギーに乗ることができるようになりました。

――なるほど、サーフィンのように!だからジョージさんの音楽は自然に心を委ねられる感覚になるのですね。

そう言っていただけると嬉しいです。
そうですね、自分から無理にエネルギーを発するというより、「音楽の中で生まれた小さな波に乗って、その波を大きくしていく」という感覚でしょうか。
そして僕たちのライブにいらしていただく皆様にも、同様に決して難しくとらえず、まずは何も考えず音に身を委ねて聴いてほしいと思います。
初めていらしていただくライブでは、知らない曲が多いと100%は楽しめないかもしれませんが、必ずどこかで楽しめる瞬間とがあるライブづくりを心がけています。
「あの曲、すごくよかった!」と、はまるポイントがあると思うので、そこをきっかけにさらに僕らの音楽を聴いてほしいですね。

****************
■インタビューを終えて
最後に「今日のライブ頑張ってくださいね!」と言葉を送ったところ、
「残念ながら、僕は頑張らないですよ〜。肩肘張らない、気軽に楽しめるライブをしますから!」と微笑まれてしまいました
どこまでもジョージさんらしい、心地よい音楽を追求する姿に感心しつつ、その背中をお見送りしました・・・


 “Groove Pockets”イチオシLive Information

◆ 永田ジョージSolo Piano Live
・4月29日(月・祝)  下北沢 Seed Ship

VOCAL CROSSING - Route 4
〜Featuring 伊藤大輔・西部里菜・KAI with 永田ジョージ〜

「実はピアノ以前に歌が好き」というジョージさんが今最も愛情を注いでいるVocal Crossingは「音楽の原点に戻り、歌声の魅力を伝えたい」と2012年初夏から定期開催が始まったイベント。
ピアノ&ギター+ボーカル3人というスタイルで「声」を感情豊かに操る三人のボーカリストとジャンルレスで繰り広げる。
「一人のボーカルとライブやってでも十分楽しいんですけど、ものすごく高い表現力を持ったボーカル3人集まったときに、表現力が30倍くらいに膨れあがる。それを皆さんにも体験してもらいたい。」とのこと。
大好評だった3回目と同じメンバーで4回目も開催。

・7月16日(火)大阪  Mr Kelly's
・7月17日(水)名古屋  Star Eyes
・7月18日(木)渋谷  JZ Brat
posted by: hee-san | Interview | 21:31 | comments(0) | - | - | - |
♪ 2年ぶりのソロリサイタルは亡き巨匠、ロストロポーヴィチへのオマージュがテーマ 〜 チェリスト 丸山泰雄さん ♪
昨年3月、「子どもを連れてクラシックコンサート」でその並外れた技術と情熱ほとばしる演奏に出会い、すっかりファンになってしまったチェリストの丸山泰雄さん。
すぐにインタビュー記事を書かせていただいて以来、彼が所属する紀尾井シンフォニエッタ東京の室内楽やチャペルコンサートなど、機会があれば演奏を聴きに足を運んでいますが、そのたびに「もっと聴きたい」と、もはや中毒になりつつあります。
そしてこのたび、待望のソロリサイタル(4月19日(金)仙台公演、4月24日(水)東京公演)を開くと聞き、お話を伺ってきました。



ロストロポーヴィチがいかに偉大なチェリストであったかを忘れてはならない

――2年振りのソロリサイタルだそうですね。

プロのチェリストとしてデビュー後これまでは毎年、仙台と東京でリサイタルを開催してきました。
しかし東日本大震災後、私が仙台出身であること、また、福島のいわき市でも定期的に演奏会を行なってきたご縁もありまして、時間が許す限り被災地での慰問演奏活動に力を注いできたため、ソロリサイタルどころではなかったのです。
2年経ち、ようやく準備が整い、開催のめどがたちました。

――今回のテーマを「20世紀のチェロ作品〜あるいはロストロポーヴィチへのオマージュ〜」に決めた理由を教えてください。

私が尊敬してやまない20世紀最高のチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ氏が2007年に亡くなってから、早くも6年が経ちます。
当初は没後10年などの節目に、彼をテーマにしたリサイタルをと考えていましたが、最近若い世代に、彼の音楽を知らない音楽家もいるということに気がつきました。
そこで、ロストロポーヴィチがいかに偉大なチェリストであったかを、私なりの方法で伝えていきたいと考えたのです。
そのためリサイタルは、彼の命日である4月27日の直前に行なうことにしました。

――プログラムもかなり魅力的な選曲です。

カバレフスキー、プロコフィエフ、ピアソラにブリテン。
一見、何の共通点もないように見えますが、実はこの4作品、すべてロストロポーヴィチのために書かれた作品なのです。
他にもハチャトリアンやルトワフスキなど、20世紀を代表する作曲家たちがこぞって、ロストロポーヴィチにチェロの曲を捧げています。
その作品数はなんと170以上と聞けば、いかに彼が卓越した才能の持ち主であったのかがわかっていただけると思います。
今回はその中でも特に、21世紀以降も長く残っていくであろう、代表的な作品を取り上げることにしました。

また、ロストロポーヴィチは、旧ソ連時代の音楽家でした。
今回の作品のうち、プロコフィエフとカバレフスキーはソ連の作曲家ですが、ピアソラはアルゼンチン、ブリテンはイギリス人です。
現在と違い、閉ざされた東の時代に、彼がどれだけ世界を股にかけ多くの作曲家に愛されていたかということも、忘れてはならない大事なことだと思います。

20世紀のチェロの作品数がずば抜けて多いのも彼の大きな功績

――それぞれの作曲家は、ロストロポーヴィチとはどのような関わりがあったのでしょうか。

カバレフスキーとロストロポーヴィチは、共にプロコフィエフから作曲を学んだ弟子同士なのですが、アルゼンチン出身のピアソラまでがロストロポーヴィチに曲を捧げていることにも驚きます。
多くの名曲を残したピアソラですが、この「グランタンゴ」は彼の作品の中でも少し違った趣があり、最初からロストロポーヴィチが演奏することを想定して作られたことがわかります。
世界でもっとも大きな音量でチェロを奏でられる彼ならではの演奏効果を狙っているので、多くのチェロの弾き手は苦労する作品ではないでしょうか。
また、ブリテンは、その生涯を通じてロストロポーヴィチと固い絆で結ばれた作曲家。
二人で欧州のお城を貸し切り、合宿のような形でこの「チェロ・ソナタ」の曲づくりをしたそうです。
ブリテンは今年生誕100年ですし、ロストロポーヴィチを語るうえでは欠かせない作曲家ですね。

こうしてロストロポーヴィチの卓越した技術によりチェロの技法が格段に上がったおかげで、20世紀のチェロの作品数がヴィオラやバイオリンなどの楽器に比べてずば抜けて多いというのも、ロストロポーヴィチの功績ですね。
普段我々チェリストが演奏している近現代の有名なチェロの作品は、ほとんどすべてロストロポーヴィチのためにつくられ、彼が初演しているのですから。



――なるほど。そして今回は同じく仙台出身のピアニスト、中川賢一さんが共演されます。

震災後、何度も彼と共に被災地へ慰問演奏に行きました。
今回、仙台公演には慰問演奏で出会ったこどもたちを招待するのですが、我々二人のことを覚えていてくれると嬉しいですよね。
「あ!あの演奏してる人知ってる顔だ!」なんて。
そして彼も現代作品のスペシャリストですから、ピアソラなどはピアノとの闘いになりそうですよ。

――最後に、コンサートにいらしていただくお客様にひと言メッセージをお願いします。

ロストロポーヴィチの出現によってチェロの技法が20世紀にどんな風に変わったのか、それを感じていただけたらと思います。
また私自身、古典やロマン派より、近現代の作品に感性が近いものがあると思っています。
近現代の作品はとかく難解だと思われがちですが、私にとっては、より親近感を持って演奏することができる作品であるといえますね。
さらにここだけの話ですが(笑)、アンコールでは、慰問演奏でよく弾いた、かつ、ロストロポーヴィチ自身が彼のコンサートのアンコールでは必ず弾いていたという、ポッパーの「妖精の踊り」とフォーレの「夢のあとに」を入れる予定です。
ぜひ、ロストロポーヴィチと彼を愛した音楽家たちが築いた、20世紀のチェロの世界の魅力をお楽しみください。
                                    
丸山泰雄 チェロ・ライヴ!!
20世紀のチェロ作品
〜あるいはロストロポーヴィチへのオマージュ〜

■仙台公演:2013年4月19日(金)
仙台市宮城野区文化センター・パトナホール
19:00開演

■東京公演:2013年4月24日(水)
HAKUJU HALL
19:00開演

詳細はコチラ



2013年の主な演奏活動予定

5月3日(金) 水星交響楽団第48回定期演奏会 川崎ミューザ
6月15日(土) ヴィルタス・クヮルテット サンアゼリア小ホール
        ベートーヴェン:弦楽四重奏曲のための「大フーガ」変ロ長調Op.133
        シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調D.810;死と乙女
7月28日(日) いわき室内楽協会オープニングコンサート
9月6日(金)7日(土) 紀尾井シンフォニエッタ 第91回 定期演奏会
10月12日(土) 和光市サンアゼリアフィル オープニングコンサート



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posted by: hee-san | Interview | 22:02 | comments(0) | - | - | - |