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♪ 可能性に満ちている楽器、それがコントラバス 〜 井上裕介さん ♪
高校でチェロを弾いていた先輩が、プロ・オーケストラのコントラバス奏者になられたと聞いたとき思い浮かんだのは、オーケストラの後ろのほうで大きな楽器を抱えてギーコギーコと弓を動かす姿でした(失礼!)
ジャズでのベースは傍目にも要の存在ですが、クラシック音楽でのコントラバスってどんな立ち位置なんだろう?チェロ奏者は何人も挙げられますが、コントラバス奏者といえば、これまで“ミスター・コントラバス”と称されているゲイリー・カーしか知りませんでした。
そう思っていた矢先、先輩から「ザ・ストリングス名古屋」東京公演の報せが。
しかも何と今回は、演目にコントラバスのソロがあるというではありませんか!
これは何が何でも駆けつけなければ!
そしてこれを機に、コントラバスという楽器について知っておきたい!
というワケで、今回は高校の先輩であり、名古屋フィルハーモニー交響楽団(以下、名フィル)およびザ・ストリングス名古屋のコントラバス奏者、井上裕介さんにお話を伺ってきました。



  弦が張ってあればどんな楽器でも!というくらい抵抗なく弾けた

――そもそもの疑問、チェロからコントラバスに移行した理由を教えてください

チェロを始めたのにも、さほどこだわりがあったわけではないのですよ。
実は中学まではバスケットボールに心血を注いでいて、楽器は触ったことすらありませんでした。
そのままバスケの有名高校に推薦入学の話もあったのですが、中3の秋、試合中に肩を脱臼してしまい…。
バスケの道は諦めざるを得ず、しばらくは放心状態の日々を送っていました。
そんなある日、ふと、7歳上の兄が使っていたフォークギターを何気なく手に取ってみたら、抵抗なく弾けたので、試しにクラシックギターを購入。
当時は、楽譜すら読めなかったので、曲を聴きながら「禁じられた遊び」に挑戦してみたところ、大体弾けてしまったのです。
それを見て驚いた兄が、音楽を勉強できる高校を調べてくれて…。
音楽の専門科があり、かつ管弦楽部の活動が盛んだった地元の高校に進学しました。
入学してみたら、クラシックギターは学べないということが判明したのですが(笑)、ちょうど顧問の先生がチェロを弾く方だったので、まあ、弦が張ってあればどんな楽器でもいいかと、その先生からチェロの手ほどきを受けて、授業や管弦楽部でチェロを弾き始めました。

――それがチェロのはじまりですね。では、コントラバスへの転機は? 

高校2年の夏の初め頃だったか、管弦楽部の定期演奏会のために、管弦楽部のOBで、部内で「チェロの神様」と呼ばれていた畑野誠司さん(現:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団在籍)が指導でいらっしゃいました。
何度か畑野さんと並んでチェロを弾かせていただいたところ、畑野さんから
「君、チェロは習っているの? 先生についてきちんとレッスンを受けたほうがいいよ」
と言われまして…。
実は、授業でチェロを教えていただいた先生は異動になってしまっていたため、畑野さん直々にご指導いただけることに。
半年ほど自宅で個人レッスンを受けたのち、秋の弦楽部定期演奏会当日、舞台袖で
「音大に来ないか」
と誘っていただいたのです。
そして誘われるまま、高校3年の夏、東京音楽大学で、畑野さんの師匠にあたる堀了介先生のマスタークラスを受講しました。
すると今度は堀先生から
「君、本当にチェロがやりたいの?体の大きさを活かして、コントラバスをやってみないか?」
と言われまして…。
畑野さんの熱心なご指導でチェロの腕も上達してきたところでしたので、さすがにそれは迷いました。
が、畑野さんに相談したところ、
「折角のチャンスだから前向きに検討していいんじゃないか」と…。
そこで、大御所の方々がそう仰るなら、と素直に受け止め(笑)、高校3年の秋の音楽会でのソロ演奏を区切りに、チェロはからコントラバスへと切り替えたのです。
東京音大でコントラバスの指導をなさっている松本武全先生のレッスンを11月1日から受け始めたのですが、結果的に武全先生は、僕にとっては唯一のコントラバスの師匠になりましたね。


  求められたら応えなければいけないし、運や巡り合わせはとても大事

――演奏する楽器を変えてもすぐに弾けるものなのですか? 

コントラバスの第一回目のレッスンは、
「コントラバスは、チェロとは逆に弓を持ちます」
というところから始まりましたよ。
しかも譜面は同じだけど、音程はチェロより一オクターブ下。
あまりに違い過ぎて、混乱することもなかったのが幸いしたかもしれません。
でもとにかく、高校の音楽練習室で、朝から晩までひたすらコントラバスの練習をしていましたね。
あ、楽器はもちろん高校のものでしたが(笑)。
その甲斐あってか、無事、東京音大のディプロマコースに合格しました。
とはいえ、コントラバスを弾き始めたのが遅いという事実は変わりません。
入学後は、基本中の基本であるハ長調のスケールから練習を始めたのですが、周りの同級生は既にソナタを弾いているという状況でしたから、とにかく彼らに追いつかなければ!と、同級生が3時間練習していたら自分は6時間練習する、といった具合で連日練習漬けでしたね。 
そんな状況だったにも関わらず、僕は本当に運がよかったと思います。
まだ入学間もない5月には、地元の合唱団の伴奏に呼ばれ、そこで初めて、コントラバスの演奏でギャラをいただきました。
まだスケールしか弾けないのに(笑)。
でもこの世界は、求められたら応えなければならないし、運や巡り合わせがとても重要だと思いました。
そんなご縁を大切に、ひとつひとつの仕事を丁寧に取り組んだ結果、卒業前には希望していた名フィルのオーディションに合格し、無事、入団することができました。



――入団2年目でソロ奏者になられたそうですね。 

プロのオーケストラでソロを務めるなんて、おこがましいと思いましたね。
しかもすぐに、マーラーの交響曲第一番「巨人」のソロを弾くことになったのです。
この曲の第3楽章は、冒頭にティンパニーの音が2小節続いた後、コントラバス一台のソロ演奏が始まるのですが、どんな巨匠でも指が震える、と言われているほどの難曲です。
案の定、極度の緊張がばれてしまい、指揮者の先生から
「巨人のソロは今回初めて?だったら、こんな気持ちで弾いてみたら?」
とアドバイスをいただいたりして、無我夢中でしたね。
本番を弾き終えたときのオケの仲間たちのリアクションがとても温かく歓迎ムードで、一生忘れられない思い出となりました。

――ザ・ストリングス名古屋の今回の定期公演について教えてください。 

名フィルメンバーを中心に弦楽アンサンブルである「ザ・ストリングス名古屋」が結成されたのは94年。
私が名フィル入団後間もなく、鳴り物入りで発足しました。
現在は、名フィルのコンサートマスターである日比浩一氏が同ストリングスでもコンマスを務めており、編成は、1stヴァイオリン4、2ndヴァイオリン4、ヴィオラ3、チェロ3、そしてコントラバスが私一人、の計14名です。 
ただでさえ出番の少ないコントラバス、実は昨年の公演では、出番は全体の3分の一程度しかありませんでした。
そのためか、公演後の打ち上げで日比さんから「来年は音符を増やして、ソロを弾いてみない?」と提案をいただきまして…。

いろいろと考えた末、イタリアの作曲家であり、コントラバス奏者でもあるドラゴネッティの「アンダンテとロンド」を今回の演目に選びました。
ドラゴネッティは1700年代後半の音楽家ですが、それまでオーケストラの譜面ではチェロとコントラバスを同じパート譜にするのが普通だったそうです。
それがドラゴネッティの卓越した演奏技術の影響で、コントラバスのパート譜をチェロのパート譜とは別に作るようになったという、コントラバス弾きにとっては特別な存在です。
また、この曲はコントラバスとピアノ伴奏などのバージョンもあるのですが、今回はオリジナルのものにこだわりたいと思いまして、ドラゴネッティ本人がオーケストレーションしている、大英図書館所蔵のドラゴネッティ自筆譜を使用することにしました。 

もちろん、演奏会ではコントラバスだけでなく、アンサンブルの魅力にもご注目ください。
少人数ならではの個々人のプレイヤーの個性も出しつつ、それがどう融合するのか、ステージ上の対話を楽しんでいただきたいですね。


  他の楽器には出せない、独特の重厚な響きを感じてもらいたい

 ――最後に、コントラバスの魅力とは? 

コントラバスという楽器自体がまだよく知られていないし、演奏する人間の技術としても未発達な部分もあるため、逆に、これからの可能性が多分にある楽器だと思います。
そして、決して媚びを売る演奏というわけではないけれど、聴く側にとって聴きやすいようにも弾けたらいいなと。
他の楽器には出せない、コントラバス独特の、低く重厚なドーンとした響き、これを一人でも多くの方に馴染んでもらいたいのです。
そういう機会が現状では全然足りないと思うし、技術的にもまだまだ発展途上。
そういった意味で、コントラバスは可能性に満ちていて、それも私にとっては魅力なのです。 
ぜひ演奏会では、ホールやその空間に響きわたる、コントラバスの振動や空気を体で感じ取っていただければと思います。
そして、このようなソロ演奏の機会を与えていただいたことで、コントラバスの魅力をより多くの人々に知っていただきたいですね。 

裕介さんのコントラバスは1850年頃製作のもの
通常は渦巻き状になっている糸巻部分がライオンヘッドに!

****************
■インタビューを終えて 
取材前、「コントラバスのことは何て呼べばいいんだろう?」と迷っていました。
コンバス、弦バス…? と問いを投げたところ、裕介先輩は「コントラバス」ときっぱり!
「正式な名前で、この楽器を浸透させていきたいからね」とのことでした。
気付けば予定の時間を大幅にオーバーし、2時間以上経ってもまだまだお聞きしていたい楽しいお話ばかり
そのお人柄がこれまでのご縁をつくって来られ、色彩豊かな音色を作り出すに違いない、と確信しました


ザ・ストリングス名古屋 
第18回定期演奏会:5月27日(月)
名古屋・伏見・電気文化会館
19:00開演

第6回東京公演:6月24日(月) 
Hakuju Hall
19:00開演

R.シュトラウス:歌劇「カプリッチオ」序曲
ドラゴネッティ:アンダンテとロンド ニ長調(Cb独奏)
ロッシーニ:弦楽のためのソナタ第一番 ト長調
シェーンベルク:浄夜 op.4(弦楽合奏版)


 井上裕介さんのコントラバスソロ演奏が聴ける!その他の演奏会情報 

名フィル主催サロンコンサート
リハビリー・ベース II:8月9日(金) 
名古屋市音楽プラザ 
18:30開演

アベル: 無伴奏ソナタニ長調
タバコフ:無伴奏コントラバスのための「モティヴィ」 
フリーバ:コントラバスのための古典様式による無伴奏組曲
posted by: hee-san | Interview | 01:39 | comments(0) | - | - | - |
♪ ジャズというジャンルを超え、心地よく、進化し続けるサウンドを届けたい 〜 永田ジョージさん ♪
ボサノヴァやポップスをジャズにアレンジし、ゆったりと心地よいピアノの音色を響かせてくれる、ピアニストの永田ジョージさん。
ヴォーカリスト伊藤大輔さんとのトリオ・ライブで演奏を聴いたのがジョージさんとの出会いですが、その後共通の知人が多いことも判明。
その爽やかな笑顔と音楽を携えて、知り合えばいつのまにか仲間になってしまう、不思議な魅力を持つジョージさん。
しかも演奏のみならず、多岐にわたる音楽活動を精力的に展開。“Groove Pockets”という、様々なミュージシャンとコラボレートして最高のライブ体験を多くの人たちに広めていくライブ・プロジェクトをつくり、さらに活躍の場をどんどん広げています。
4月29日(日)には初のソロライブも控えているというジョージさんに、お話を伺ってきました。



まずは、ジョージさんのピアノと露木達也さんのギターが織り成す、海の香りがほんのりと感じられるアルバム「Brasilian Groove - Live at Coffee Bigaku」の世界を味わえる映像をご覧ください 




  「現在(いま)を切り取る音楽」として、進化し続ける

――スタンダード・ナンバーをジョージさんらしくアレンジしたステキなアルバムですね!
この作品を始め、
ジョージさんが最も注力している“Groove Pockets”について教えていただけますか?

一般的には難解な音楽だと思われがちなジャズですが、もっと誰にでも親しみやすいものにしたい。
そんな思いから、ライブ・ミュージックを通じて、様々な形で世の中にジャズのよさを広めよう、とプロジェクト化したのが“Groove Pockets”です。
1930〜50年代に生まれた当時のジャズを今の人が聴いても、「なんか古くて難しいものやってるね」というイメージをもたれるのですが、そもそもジャズは、ミュージシャンたちが、その時代背景や文化に触発されつつ、ジャム・セッション(即興演奏)などを通じて彼らの感性で自由に作りあげていった、「現在(いま)を切り取る」音楽ですよね。
そう考えると、2000年代のジャズは当然、当時とは違う、僕ら世代のミュージシャンだって、自分たちの感性で自由にスタイルを作っていけばいいワケです。
例えばポップスやブラジリアンなど、現在触れられる世界中の音楽を融合し、ジャズというジャンルを超えて進化し続けるサウンドを、多くの皆さんに楽しんでいただきたいと思っています。

――ジャズに魅せられたきっかけは?

大学入学後まもなく、フラッと訪れたジャズ研究会。
そこで流れていたビル・エヴァンスのピアノを聴いて、衝撃を受けたのが出会いですね。
今まで聴いたことのないような懐かしさ、そしてこの上ない美しさに惹きつけられました。
それまではポップスやロックなど、普通の若者が聴くジャンルの音楽を聴いていたのですが…。
そしてすぐに、自分でもビル・エヴァンスのようなピアノを弾きたい!と思うようになりました。
実は8才から15歳までクラシック・ピアノを習っていたのですが、クラシックは解釈に制約が多く、正しく演奏しなければならないうえ、普段聴いているジャンルの好きな曲も弾けないので、僕には合わなかったのです。
でもジャズならば、どんな曲でも自分の好きなようにアレンジして弾いていい。
その自由さがぴったりはまり、どんどんのめりこんでいきました。
基本的にはプロの好みの演奏を真似してみるなど自己流で学びつつ、機会があればプロやセミプロのジャズピアニストの方に演奏のヒントを教わりながら、腕を磨いてきました。


モーション・ブルー・ヨコハマ」でのステージ。ピアノの旋律が緩やかに流れていく。


――
とはいえ、大学では工学を専攻していらしたんですよね。

はい。大学卒業前に進路を決める際、ジャズを本格的に学べるバークリー音楽大学への留学、という道も選択肢のひとつにありました。
しかし当時父親から、
「音楽だけで生活していくのは難しい。まず他の仕事で食べていけるようになってから、それでも音楽をやりたかったらやればいいじゃないか」
というアドバイスをもらい、まずは日本IBMに就職しました。
しかし、ピアノへの思いはますます強くなっていきましたね。
よく「二足のわらじ」と言いますが、二足だとどちらも片方ずつしか履いていないことになるじゃないですか。
僕自身は「3.5足のわらじ」と言えるくらい、仕事もピアノも100%本気でやっていましたね。
そんなペースでしたから、2008年頃には月に1本だったライブの頻度が、2012年には月4〜8本くらいに増え、そうなると身体もスケジュール的にも、さすがに厳しいなと感じるように…。
同時にその頃、「あともう少しで、もっとブレイクスルーできる」というのを何となく感じていたのです。
でも、なかなか先に進むことができなくて。
やはり、ツアーに出たりレコーディングに参加するなどの新たな演奏の機会をつかんでいくには、さすがに昼間の時間サラリーマンをしていたら無理ですよね。
そこで、思い切ってこのタイミングで、音楽1本でやっていこうと決心しました。


  “Please keep playing" ― 弾き続けること

――何か転機になる具体的な出来事があったのですか?

特別なことがあったわけではないですね。
ずっと弾き続けてきた、その延長線上に道が拓けていたという感じです。
強いて言えば、「ずっと弾き続けて」来られたひとつの理由として、こんなエピソードがあります。
大学時代、憧れていたジャズ・ピアニストのBenny Greenに初めて会ったときのこと。
アドバイスをもらおうと彼の前で『Jubilations』という曲を弾いたところ、
「君、リズムがいいね」と言ってくれたのです。
僕自身が尊敬してやまないピアニストからの言葉ですから、とても自信になりました。
しかも、CDへサインをお願いしたところ、ひと言 “Please keep Playing”と書いてくれたのです。
「弾き続けろ」――それ以来、僕の心にずっと残っていますね。「継続は力なり」です。

――晴れて音楽1本の道を歩み始めたわけですが、どんなスタイルで演奏活動をなさっているのですか?

“Groove Pockets”では、「型にハマらない自由さ」をモットーにしています。
自分も、また、コラボレートしてくれるゲストミュージシャンみんなを、型にはめることなく、ブラジリアンがいいなあと思ったら露木達也&ヤマカミヒトミと組んでみたり、ポップスがいいなと思ったらRay Yamadaとのライブを重ねてみる。
Ray以外でも、最近はポップスの方々とのライブにおいて、僕が今まで経験してきたjazzyなグルーヴを流し込むのを楽しんでいます。
そんなこともあり、スタート地点での肩書はジャズピアニストでしたが、今は「ミュージックエンタテイナー」と名刺にも書くようになりました。
ジャズピアニストと名乗ってしまえば、ジャズが苦手な人を楽しませることができないし、僕にとって何より重要なことは、音楽を通じて皆さんを楽しませること。
ですから、ジャンルを問わず、心地よい音楽を皆さんに提供していきたいと思っています。 


この日はヤマカミヒトミさん、露木達也さんとのブラジリアンライブでした!


――4/29には初のソロライヴも控えていますね。

アコースティックピアノを使ってのソロライブは初めてなので、正直なところ不安もあるし、プレッシャーも感じています。
実はこれまで僕がステージに立ったライブは、圧倒的にボーカルライブが多いのです。
それはボーカリストの皆さんと一緒に素晴らしい音楽を創っていけるという楽しさがあるいっぽうで、ともすれば、ボーカルに頼っている、サポートしかできないと思われてしまう危うさもあるわけです。
ボーカルなし、ピアノの音1本で、僕がどこまでお客様を楽しませられるか。
このテーマに、そろそろ本腰を入れて取り組んでいこうと思っています。
“Groove Pockets”のウェブサイトをご覧いただければわかりますが、これまでも自宅からUSTREAMでピアノソロの演奏を動画配信しています。
これを見て「ジョージのピアノって心地いいよ」という感想をいただくことも多いので、本番もそんな感じになるかもしれませんね。
コンセプトは見てのお楽しみ、まだいろいろ考えていますが、オールジャンルでさまざまな曲をお届けしたいと思っています。
そして、来てよかった、また来たいと思っていただけるようなソロライブを今後も定期的にやっていきたいですね。

  サーフィンが「もっと自由に、自分を開放していい」と教えてくれた

――ソロ以外での今後の活動予定を教えてください。

先ほどもお話しましたが、僕にとって将来の自分は、あくまで今の自分の延長。
インストのバンド、ボーカルデュオ、ソロなど、自分の将来の演奏の幅を拡げるために、制限を設けずチャレンジしていくつもりです。
今後の目標は…やっぱり、弾き続けること。
そして弾き続ける過程で、色々なステージを経験し、まずは40歳までにブルーノート(注:N.Yに本店を持つ、由緒あるジャズクラブ)や海外のジャズフェスティバルに出演したいですね。
そして、僕の音楽を導いてくれたカリフォルニアで演奏したいなと。
社会人になってから、MBAの勉強のためにカリフォルニアに2年間留学していた時期があります。
現地では勉強のほか、「サーフィンして、ピアノを弾いて」という生活を送っていたのですが、これを繰り返していくうち、自分の中でのジャズに対する固定概念が崩れていったのですよ。
「もっと自由になれる」と。
ジャズとはこうあるべき、と思っていたのが、もっと自由になっていいし、もっと自分を開放していいんだ、と気付きました。
それまでは力んで難しそうな曲を難しそうに弾いてたんですけど…。
力を抜いて、かつ音楽のエネルギーを感じながら、そのエネルギーに乗ることができるようになりました。

――なるほど、サーフィンのように!だからジョージさんの音楽は自然に心を委ねられる感覚になるのですね。

そう言っていただけると嬉しいです。
そうですね、自分から無理にエネルギーを発するというより、「音楽の中で生まれた小さな波に乗って、その波を大きくしていく」という感覚でしょうか。
そして僕たちのライブにいらしていただく皆様にも、同様に決して難しくとらえず、まずは何も考えず音に身を委ねて聴いてほしいと思います。
初めていらしていただくライブでは、知らない曲が多いと100%は楽しめないかもしれませんが、必ずどこかで楽しめる瞬間とがあるライブづくりを心がけています。
「あの曲、すごくよかった!」と、はまるポイントがあると思うので、そこをきっかけにさらに僕らの音楽を聴いてほしいですね。

****************
■インタビューを終えて
最後に「今日のライブ頑張ってくださいね!」と言葉を送ったところ、
「残念ながら、僕は頑張らないですよ〜。肩肘張らない、気軽に楽しめるライブをしますから!」と微笑まれてしまいました
どこまでもジョージさんらしい、心地よい音楽を追求する姿に感心しつつ、その背中をお見送りしました・・・


 “Groove Pockets”イチオシLive Information

◆ 永田ジョージSolo Piano Live
・4月29日(月・祝)  下北沢 Seed Ship

VOCAL CROSSING - Route 4
〜Featuring 伊藤大輔・西部里菜・KAI with 永田ジョージ〜

「実はピアノ以前に歌が好き」というジョージさんが今最も愛情を注いでいるVocal Crossingは「音楽の原点に戻り、歌声の魅力を伝えたい」と2012年初夏から定期開催が始まったイベント。
ピアノ&ギター+ボーカル3人というスタイルで「声」を感情豊かに操る三人のボーカリストとジャンルレスで繰り広げる。
「一人のボーカルとライブやってでも十分楽しいんですけど、ものすごく高い表現力を持ったボーカル3人集まったときに、表現力が30倍くらいに膨れあがる。それを皆さんにも体験してもらいたい。」とのこと。
大好評だった3回目と同じメンバーで4回目も開催。

・7月16日(火)大阪  Mr Kelly's
・7月17日(水)名古屋  Star Eyes
・7月18日(木)渋谷  JZ Brat
posted by: hee-san | Interview | 21:31 | comments(0) | - | - | - |
♪ 2年ぶりのソロリサイタルは亡き巨匠、ロストロポーヴィチへのオマージュがテーマ 〜 チェリスト 丸山泰雄さん ♪
昨年3月、「子どもを連れてクラシックコンサート」でその並外れた技術と情熱ほとばしる演奏に出会い、すっかりファンになってしまったチェリストの丸山泰雄さん。
すぐにインタビュー記事を書かせていただいて以来、彼が所属する紀尾井シンフォニエッタ東京の室内楽やチャペルコンサートなど、機会があれば演奏を聴きに足を運んでいますが、そのたびに「もっと聴きたい」と、もはや中毒になりつつあります。
そしてこのたび、待望のソロリサイタル(4月19日(金)仙台公演、4月24日(水)東京公演)を開くと聞き、お話を伺ってきました。



ロストロポーヴィチがいかに偉大なチェリストであったかを忘れてはならない

――2年振りのソロリサイタルだそうですね。

プロのチェリストとしてデビュー後これまでは毎年、仙台と東京でリサイタルを開催してきました。
しかし東日本大震災後、私が仙台出身であること、また、福島のいわき市でも定期的に演奏会を行なってきたご縁もありまして、時間が許す限り被災地での慰問演奏活動に力を注いできたため、ソロリサイタルどころではなかったのです。
2年経ち、ようやく準備が整い、開催のめどがたちました。

――今回のテーマを「20世紀のチェロ作品〜あるいはロストロポーヴィチへのオマージュ〜」に決めた理由を教えてください。

私が尊敬してやまない20世紀最高のチェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ氏が2007年に亡くなってから、早くも6年が経ちます。
当初は没後10年などの節目に、彼をテーマにしたリサイタルをと考えていましたが、最近若い世代に、彼の音楽を知らない音楽家もいるということに気がつきました。
そこで、ロストロポーヴィチがいかに偉大なチェリストであったかを、私なりの方法で伝えていきたいと考えたのです。
そのためリサイタルは、彼の命日である4月27日の直前に行なうことにしました。

――プログラムもかなり魅力的な選曲です。

カバレフスキー、プロコフィエフ、ピアソラにブリテン。
一見、何の共通点もないように見えますが、実はこの4作品、すべてロストロポーヴィチのために書かれた作品なのです。
他にもハチャトリアンやルトワフスキなど、20世紀を代表する作曲家たちがこぞって、ロストロポーヴィチにチェロの曲を捧げています。
その作品数はなんと170以上と聞けば、いかに彼が卓越した才能の持ち主であったのかがわかっていただけると思います。
今回はその中でも特に、21世紀以降も長く残っていくであろう、代表的な作品を取り上げることにしました。

また、ロストロポーヴィチは、旧ソ連時代の音楽家でした。
今回の作品のうち、プロコフィエフとカバレフスキーはソ連の作曲家ですが、ピアソラはアルゼンチン、ブリテンはイギリス人です。
現在と違い、閉ざされた東の時代に、彼がどれだけ世界を股にかけ多くの作曲家に愛されていたかということも、忘れてはならない大事なことだと思います。

20世紀のチェロの作品数がずば抜けて多いのも彼の大きな功績

――それぞれの作曲家は、ロストロポーヴィチとはどのような関わりがあったのでしょうか。

カバレフスキーとロストロポーヴィチは、共にプロコフィエフから作曲を学んだ弟子同士なのですが、アルゼンチン出身のピアソラまでがロストロポーヴィチに曲を捧げていることにも驚きます。
多くの名曲を残したピアソラですが、この「グランタンゴ」は彼の作品の中でも少し違った趣があり、最初からロストロポーヴィチが演奏することを想定して作られたことがわかります。
世界でもっとも大きな音量でチェロを奏でられる彼ならではの演奏効果を狙っているので、多くのチェロの弾き手は苦労する作品ではないでしょうか。
また、ブリテンは、その生涯を通じてロストロポーヴィチと固い絆で結ばれた作曲家。
二人で欧州のお城を貸し切り、合宿のような形でこの「チェロ・ソナタ」の曲づくりをしたそうです。
ブリテンは今年生誕100年ですし、ロストロポーヴィチを語るうえでは欠かせない作曲家ですね。

こうしてロストロポーヴィチの卓越した技術によりチェロの技法が格段に上がったおかげで、20世紀のチェロの作品数がヴィオラやバイオリンなどの楽器に比べてずば抜けて多いというのも、ロストロポーヴィチの功績ですね。
普段我々チェリストが演奏している近現代の有名なチェロの作品は、ほとんどすべてロストロポーヴィチのためにつくられ、彼が初演しているのですから。



――なるほど。そして今回は同じく仙台出身のピアニスト、中川賢一さんが共演されます。

震災後、何度も彼と共に被災地へ慰問演奏に行きました。
今回、仙台公演には慰問演奏で出会ったこどもたちを招待するのですが、我々二人のことを覚えていてくれると嬉しいですよね。
「あ!あの演奏してる人知ってる顔だ!」なんて。
そして彼も現代作品のスペシャリストですから、ピアソラなどはピアノとの闘いになりそうですよ。

――最後に、コンサートにいらしていただくお客様にひと言メッセージをお願いします。

ロストロポーヴィチの出現によってチェロの技法が20世紀にどんな風に変わったのか、それを感じていただけたらと思います。
また私自身、古典やロマン派より、近現代の作品に感性が近いものがあると思っています。
近現代の作品はとかく難解だと思われがちですが、私にとっては、より親近感を持って演奏することができる作品であるといえますね。
さらにここだけの話ですが(笑)、アンコールでは、慰問演奏でよく弾いた、かつ、ロストロポーヴィチ自身が彼のコンサートのアンコールでは必ず弾いていたという、ポッパーの「妖精の踊り」とフォーレの「夢のあとに」を入れる予定です。
ぜひ、ロストロポーヴィチと彼を愛した音楽家たちが築いた、20世紀のチェロの世界の魅力をお楽しみください。
                                    
丸山泰雄 チェロ・ライヴ!!
20世紀のチェロ作品
〜あるいはロストロポーヴィチへのオマージュ〜

■仙台公演:2013年4月19日(金)
仙台市宮城野区文化センター・パトナホール
19:00開演

■東京公演:2013年4月24日(水)
HAKUJU HALL
19:00開演

詳細はコチラ



2013年の主な演奏活動予定

5月3日(金) 水星交響楽団第48回定期演奏会 川崎ミューザ
6月15日(土) ヴィルタス・クヮルテット サンアゼリア小ホール
        ベートーヴェン:弦楽四重奏曲のための「大フーガ」変ロ長調Op.133
        シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調D.810;死と乙女
7月28日(日) いわき室内楽協会オープニングコンサート
9月6日(金)7日(土) 紀尾井シンフォニエッタ 第91回 定期演奏会
10月12日(土) 和光市サンアゼリアフィル オープニングコンサート



posted by: hee-san | Interview | 22:02 | comments(0) | - | - | - |
100回&木下淳さん3位入賞記念! 「第2回アマチュア・ピアニストのためのショパン国際コンクール」スペシャル 座談会
今回は「音と絵本のたからばこ」を始めてから100件目の記念すべき記事!
ということで、9月にポーランドのワルシャワで開催された「第2回 アマチュア・ピアニストのためのショパン国際コンクール」において、二度目の挑戦でみごと3位に入賞された木下淳さん、そして初参加なさった阿部文絵さん、長尾恭治さんによる座談会を企画・開催しました!


左より 長尾 恭治さん、阿部 文絵さん、木下 淳さん

「演奏曲目リスト」を考えるのが楽しくて

―― まずは木下さん、3位入賞おめでとうございます!
今回二度目のチャレンジの経緯については、5月にインタビューでご紹介させていただきましたが、みごと「前回の『入賞』以上の成績」という目標を達成されましたね!
※ 本選出場者8名のうち、上位3位以外は順位はつかず、「入賞」となる


木下さん(以下三名とも敬称略) ありがとうございます。まずは嬉しくホッとしました。詳しくは、後ほどお話したいと思います。

―― 阿部さん、長尾さんは今回初挑戦で、事前のテープ審査をみごとクリアしワルシャワ行きとなりましたが、今回のコンクールはどんなきっかけで参加されたのですか?

阿部 3年前に第一回目の同コンクールで木下さんがご活躍されたことはもちろん知ってましたが、今回も出場されると聞いて、「私も記念受験してみようかな」と思い立ちました。
実は当時、何か一人で打ち込めるものが欲しい心境だったので、ちょうどよいタイミングだったのです。
私は大人になってピアノを再開したのですが、ショパンが好きでショパンばかり弾いてきたこともあり、自分がこれまで弾いてきたショパンの曲でコンクールの「申し込みリスト」を作るのが楽しかった、というのも理由のひとつですね。

※ 同コンクールでは事前審査として、音源および申し込み書類のひとつとして、一次予選から本選までの演奏曲目リスト(規定の種類の曲数と時間等条件あり)を作成して送る必要がある。

長尾 阿部さんがピアノ仲間に「曲目リストを考えるのが楽しいですよ、応募しましょうよ!」と声を掛けられまして、私も当初は気軽な気持ちでリストをつくってみたのです。
偶然にも、申し込み期限前に別件でパスポートを受け取っており、木下さんからも声を掛けられ、いつの間にか応募していました(笑)。
音源は3〜4年前に録音したものを送りました。しかしミスタッチも多くボロボロだったので、まさか事前審査に通るとは思っていませんでしたが…。




数々のエピソードに花が咲きました



大きな目標があることで取り組み方が違ってくる

―― 全員無事、事前審査通過の通知が来たのが4月末でしたね。

阿部 まずは曲目リストに登録した7曲を週8時間の練習で仕上げる、という計画を立てました。
ところが全然足りなくて、6月には練習時間を倍に、7月には週30時間確保したのですがそれでも間に合わず、結局8月からは、一次予選のワルツとバラードだけをひたすら練習。
自宅がデジタルピアノなのでスタジオを借りて練習したり、ピティナ・ピアノステップにも参加しました。
自分でもよく頑張ったと思います(笑)

長尾 私は当初、初夏にシューマン、秋にスクリャービンをそれぞれ演奏会で弾く予定だったのをすべてキャンセルして、オール・ショパン・プログラムにリセットしました。
これまで弾いたことがなかったマズルカを3曲も選んでしまったこともあり、一次予選に弾くエチュードと二次予選のマズルカの練習に、大半の時間を費やしましたね。
また、あまりの曲数と練習時間に集中が途切れそうになったので、夏以降は自宅ではほとんど弾かず、阿部さん同様、スタジオを借りるなどして環境を変え、集中して練習する工夫を凝らしました。

阿部 そうそう。あの頃は「ワルシャワでひどい演奏をするわけにはいかない」と切羽詰まっていたので、ひたすら集中して取り組むことができました。
ところがコンクール終了後は「せっかくここまでやったんだから、引き続き頑張ろう」と思ってスタジオを何時間も予約しても、集中力が続かないんですよね。
やはり、大きな目標があるかないかで、取り組み方も違ってくるのだと思います。

木下 私の場合は前回からの布石で、2010年から2年がかりで取り組んできましたから、やはり途中で嫌気がさすこともありましたよ。
実は今年の1月1日からコンクール初日まで毎日、「どの曲を何分練習した」とすべて記録していたのですが、振り返ってみるとまったく進歩していないような気がしたり…。
また、「場数を踏む」という意味で人前での演奏機会を5回ほど設け、舞台慣れするよう努めました。

―― そして、ワルシャワに渡り、いよいよコンクール当日を迎えました。

長尾 1曲目はワルツでしたが、思いのほかリラックスして弾けたつもりです。
演奏しながらパイプオルガンや客席、天井などを見るという、ふだんしないこともでき、今できる精一杯の演奏ができたと思います。
ところがエチュードの最後の1ページで間違えてから、頭が真っ白になってしまいまして…。
ただ今回は、得意な曲ではなく、弾いてみたい曲を選んでしまったので仕方がない、と納得はしていますし、何よりも、最後まで弾き終えることができたので嬉しかったですね。



リハーサル時の長尾さん

阿部 一次予選は36名で、2日間に分けて行われました。
演奏は苗字のアルファベット順で、今回はHから(事務局からの指定。前回はDから)だったので、木下さんと長尾さんは初日で、私は2日目。
一日目の演奏がすべて終わり、次の日が自分だと思ったとたん不安になってきて…。
どうしても克服できていない箇所が結構残っていたので、準備不足からくる不安でとにかく緊張していました。
実は譜めくりを長尾さんにお願いしており、本番が近づくにつれ緊張をほぐしてほしかったのですが、長尾さんが隣で「すごく緊張してきた」って言い出して(笑)。

長尾 譜めくりは責任重大ですしね、やっぱり緊張しますよ(笑)

阿部 とにかく緊張していたので、ミスしないようにと1曲目のワルツを弾き終えて、少しは楽しまなきゃ、と思ったらかなり音を外してしまい…。
全体で見ると、緊張しているのが全面に出た演奏になってしまった気がします。


阿部さんの演奏。譜めくり担当は長尾さん。

―― 残念ながら一次予選敗退となった長尾さんと阿部さんですが、クラクフ歴史地区やショパンにまつわる名所へのツアーなども楽しまれたようですね。
印象に残ったのは?


阿部 ショパン博物館!
特に、ショパン手書きの楽譜では本人による書き込みなどが見られ、楽しくあっという間でした!

長尾 ショパンゆかりの地、時間を忘れて楽しみました。
ワルシャワ歴史地区等、世界遺産尽くしの贅沢な観光となりました。
食事やお酒も美味しかったですよ。


要は「自分なりに練習を十分に積んだ」実感があるかどうか

―― 一方、木下さんは一次から順調に本選へ。
今回は二度目ということで、緊張度合いは前回と比べていかがでしたか?


木下 確かに緊張もしましたが、練習も人前での演奏もかなり重ねて準備し、調子も上がってきていたので、「まあ、うまくいくよね?」と信じて演奏していました。
要は、練習や人前での演奏の成果がある程度実感として得られているかどうかが、私にとっては大事なのです。
ハッタリが効かない、とも言えますが…。
前回は一次の曲より二次、二次の曲よりも本選の曲が、より準備不足でした。
そのため、本選では舞台に出る不安が大きかったし、実際、それが演奏に現れてしまったのです。
そういう意味で今回は、「自分なりに練習を十分に積んできた」という実感があったことが、プラスに働いたと思います。
とはいえ、本選はやはり別格だったのか、想定外のミスが続き、しかもそれを最後まで引きずってしまい、スッキリしなかったですねえ。
その辺りが、場数を踏んで来たとはいえ、精神的な鍛錬が足りなかったかな…という思いもあります。

木下さんの演奏。舞台上方にはショパンの銅像が掲げられている。

―― そして、表彰式。3位入賞と発表されたときの心境は?

木下 冒頭で申し上げた通り、「前回以上の成績」という目標を達成できたことは嬉しかったのです。
ですが正直なところ、3位に留まったか…という無念さもあり複雑な心境でした。
本選は確かに失敗もありましたが、全体を通して、前回よりはかなり上手く弾けたという手応えがあったので…。
とはいえ、「コンクールとは相対評価なのだ」ということを改めて思い出し、納得もしました。
その後行われた入賞者コンサートでは、「もうこのコンクールで弾けるのもこれが最後か…」と、感慨に浸りながらの演奏でしたね。

※ 同コンクールでは3位以内に入賞すると、次回の参加資格がなくなる。


収穫は「めざす演奏の方向性が見えてきた」こと

―― それぞれの「アマチュア・ピアニストのためのショパン国際コンクール」。
振り返ってみていかがでしたか?


長尾 コンクールという経験も海外旅行も実は初めてでしたが、非常に楽しかったので、次回もまた挑戦したいですね。
3年後を見据えて、今からできることを準備していこうと思っています。
まず基礎からかっちりと学び直して、来年からは日本のコンクールにもトライしてみようかと。
また、現地で感じたことですが、これからは「いかに自分の音楽を人に聴かせるか」に重きを置いていきたいですね。
今思えば、これまでは独りよがりな演奏をしてきたような気がするのです。
今後はもっと真剣に、できる範囲で、自分が思い描いている音楽を表現できるよう、研鑽を積みたいと思っています。
次の目標は一次予選突破です!
今回の出場者には50代、60代の年配の方も多かったので、まだまだこれから。
6年計画くらいでもいいかなと。円熟した演奏をめざしたいですね!

阿部 現地で「じゃあまた、3年後にね」と約束するような友人もでき、気分的には盛り上がって帰ってきたのですが、実際の練習はなかなか難しいですね…。
それでも今回、「ステキだなあ」と感じる演奏をたくさん聴けたことで、「私もいつかこんなふうに弾けたらいいな」と、めざす演奏の方向性が見えてきたことが収穫ですね。
今までショパンばかり弾いてきたけれど、今後は音階やバッハなどの基礎も学んでみたい、という気持ちが芽生えました。
ゆっくりでもいい、きっといつかは、私の表現したい音楽につながるのではないかと思います。

木下 今回の結果を色々な方にご報告したところ、
「順位はあってないようなもの。それよりも、審査員の考え方も一人一人違うでしょうし、これからが大切です」と、それなりのところまで自分の演奏が評価されていることが大事なんだ、という趣旨のコメントを多くの方からいただきました。
二度にわたり同コンクールに挑戦したわけですが、とりあえずこれで一旦、コンクールは卒業としたいと思います。
これまで集中してショパンを弾いてきて、同コンクールにトライしたことでショパンに対する理解も深められので、今後はショパン以外の、前期ロマン派を離れて違う時代の新しいレパートリーを開拓したいですね。
そして、一年くらいかけて仕上げてリサイタルを行うことができたら…と考えています。



******************
■座談会を終えて

「自分が思い描いている音楽を表現できるよう、研鑽を積みたい」(長尾さん)、「めざす演奏の方向性が見えてきた」(阿部さん)、「自分なりに練習を十分に積んできたという実感が得られることが大事」(木下さん)。
それぞれ、大舞台を経験したからこそのコメントにはずっしりと重みがありました。
そして、「順位はあってないようなもの、これからが大事」(木下さんに寄せられたメッセージ)。
この経験を糧に、皆さんが今後どんな音楽を奏でていくのか、今後も注目していきたいと思います。
木下さん、阿部さん、長尾さん、お忙しい中本当にありがとうございました!
posted by: hee-san | Interview | 19:10 | comments(0) | - | - | - |
♪ もっと音楽を広げ、演奏者を幸せにしたい〜「piaScore」小池宏幸さん ♪
2010年1月27日――Apple社のタブレット型PC「iPad」が発表されたこの日、音楽関係者にとって画期的なiPad用電子楽譜プラットフォーム「piaScore」の原型が生まれました。
その後、iPadの普及に伴うようにダウンロード数も増え続け、2012年8月現在で約50,000を超えています。
「世界中の楽譜をあなたの手元に」をコンセプトに躍進中の「piaScore」の生みの親、プラスアド株式会社の小池宏幸氏にお話を伺いました。

まずは「百聞は一見にしかず」。
piaScoreの特長のひとつ、小池さんご自身のデモによるジェスチャー譜めくりをご覧ください!



――鍵盤から手を離さずに譜めくりができる、こんな画期的なアイディアが実現可能とは驚きました!まさに、電子楽譜ならではの機能ですね!
そもそも、電子楽譜をつくろうというアイディアはどんなきっかけで思いついたのですか?


iPadの発表当日、ツイッター上では
「こんな機能があったら面白いよね」
という話題でいろいろ盛り上がっていました。
そのやり取りに参加するうち、ふと
「iPadを電子楽譜として使ったら面白いんじゃないか?」
と思いつき、つぶやいてみたところ、大きな反響がありまして…。
そこでその晩、早速piaScoreの原型となるスケッチを描いて翌朝公開したところ、さらに反響が増え、フォロワー数がその日を境にグンと伸びていったのです。
実は当時起業したいという思いがあったのですが、具体的なビジネスプランを決めあぐねていたので、この電子楽譜で起業しよう!と決意。
2010年5月にプラスアドを立ち上げ、同年12月には最初のバージョンをリリースしました。

  演奏者の立場で考えた必須機能は「楽譜への書き込み」

――piaScoreの特長を教えてください

好きな楽譜がいつでも簡単に取り出せて、持ち運びにも便利。
これが電子楽譜の最も重要な役割だと思います。
また、リリース当初から盛り込みたかった機能がいくつかありました。
そのひとつが「楽譜への書き込み」です。
実は当時、電子楽譜のアプリ自体は他にもいくつかあったのですが、そのほとんどが楽譜に書き込みができないものばかりでした。
演奏者の立場で考えれば、楽譜にはレッスンの内容や演奏上の注意などを必ず書き込んでいくもの。
紙の楽譜と何ら遜色なく使えるよう、まず基本的な機能として書き込み機能をつけました。

もうひとつ強化したかった機能が、譜めくりを簡単にできるようにすること。
その第一弾として、iPhoneをリモコンのように使って譜めくりできるようにしたことで、例えば生徒の隣りに座っている先生などが、立ち上がって手を伸ばさずとも譜めくりできる、という需要に応えることができました。

これらの機能をつけてリリースしたところ、iPhoneやiPad用のおすすめアプリを紹介するAppBankで取り上げられ、一気にダウンロード数が急上昇。
それ以降、日本国内の楽譜アプリではシェアナンバー1を維持し続けています。






――素晴らしいですね。その後現在までに、どんな機能が追加されているのですか?

まず、さらなる譜めくり機能強化をめざし、この6月には冒頭でご覧いただいた新機能「ジェスチャー譜めくり」を追加することができました。

さらに先月からは、国際楽譜ライブラリプロジェクト「IMSLP」*および全日本ピアノ指導者協会「ピティナ(PTNA)」と業務提携したことで、5万曲以上のクラシック音楽の楽譜を無料でダウンロードできるサービス「Cloud Play」と、ピティナが運営する楽譜販売サイト「Musse」が取り扱う楽譜の購入や、「ピティナ・ピアノ曲辞典」の楽譜情報を閲覧できるサービスをスタートしました。
これにより、例えば、piaScore上で曲を検索して選ぶと、Youtubeの演奏動画と楽譜の一覧および楽曲情報が表示される――という仕組みが実現したのです。

*国際楽譜ライブラリプロジェクト「IMSLP」(International Music Score Library
Project)…パブリックドメインとなった楽譜を中心に、無料で使用できる楽譜等のインターネット上のライブラリを作成。2012年現在、20万点以上の楽譜と音源を収録している。


  楽譜そのものだけでなく、探し方や使い方までも変えていく

――piaScoreは楽譜そのものだけでなく、その探し方や使い方までをも変えたと言えますね!

これまで欲しい楽譜があれば、楽器店に足を運び、直接手にとって確認してから購入するのが主流だったと思います。
しかも、せっかく遠方はるばる店舗に出向いても、望む曲の楽譜が揃っているとは限らないわけです。
もちろん、ネット通販などで購入することもできますが、その場合は楽譜の中身が見られませんでした。
それが、piaScoreが入ったiPadひとつ手元にあれば、いつでも好きなときに楽譜が入手できるだけでなく、画面上の楽譜を見ながら試し弾きをしたり、YouTubeの画面でピックアップされた演奏を幾通りも見てから、欲しい楽譜あるいは演奏したい曲を選ぶことができるようになった、と言えますね。


――今後も進化し続けるのでしょうか?

やりたいことは山ほどありますが、基本的なことを丁寧にきっちり、ひとつずつ進めていきたいと考えています。
まずは書き込み機能の強化。
さらに使いやすく、手書きと同様レベルまで上げていきたいですね。
また、楽譜を購入しやすい仕組みや、オーダーメイド楽譜のようなサービス、それから、piaScoreを介してオンライン上でレッスンできる機能なども展開していけたら、と考えています。


――ユーザーのリクエストからアイディアを得ることもあるのでしょうか?

iPadというツールを使用しているためか、海外からのリクエストが多いのですが、想定範囲内の要望が多いですね。
やはり私自身がピアノを弾くため、欲しいと思う機能が、演奏者に共通しているのだと思います。
予想外という意味では、オーケストラや指揮者の方からのニーズも結構ありました。
彼らによると、指揮者の指示をpiaScore上に代表者が書き込み、全員のスコア上に反映されるようになれば、個々の楽譜に書き込む手間が省け、より演奏に集中できるというわけです。
また、piaScoreは当初、あくまで練習用のサポートとして使ってもらいたいと考えていました。
というのもピアノはそもそも、本番は暗譜して演奏するものですから。
ですが、アンコールやバンドのライブなど、本番でも使われていることがわかってきましたので、今後は様々な用途も想定して開発を進めていきたいと思います。


――なるほど。小池さんご自身もピアノを演奏されるのですね。ピアノとはどんな関わり方をされてきたのでしょうか?

小学校2年の時にピアノを習い始めたのですが、練習嫌いだったため、中学1年で一旦辞めてしまいました。
ところが、大学に入学して間もなく、テレビでショパンの幻想即興曲の演奏を偶然聴きまして、「なんだ、このすごい曲は!」と衝撃が走り…。
私にとってはそれが初めての、ピアノに目覚めた瞬間だったのかもしれません。
それを機に、本格的にピアノを再開しました。
再開すると同時にショパンのホームページをつくったのですが、それが95年のことですから、おそらく日本国内で初のショパンのサイトだったのではないかと思います。
とにかくピアノ、そしてショパンへののめり込みかたは半端じゃなかったですね。

実は大学では音楽情報処理の研究をしていたのですが、研究室にグランドピアノがあって弾き放題だったこともあり、ますますピアノにのめり込んでいきました。
ちなみに研究テーマは「英雄ポロネーズ」(笑)。
「英雄ポロネーズ」を科学的に分析して、芸術的な自動演奏を生成するという、ヴァーチャルピアニストを生成することを目的とした数値的な分析を、徹底的に行いました。

そして大学卒業後に就職した会社でも、素晴らしいピアノ仲間との出会いがあり、ますますピアノにのめり込みまして、2010年10月には演奏者114名による「ショパン全曲コンサート」を開催、代表を務めました。
今やピアノは、生涯の趣味ですね。


  いつでも街中に音楽の生演奏が流れる、世界に誇れる街をつくりたい




――今後、piaScore以外にも音楽的な活動を広げていくご予定はあるのですか?

音楽の世界をもっとよいものに、特に演奏者にはもっと幸せになってほしいなあ、という思いがあります。
まず、2040年に音楽ホールをつくること。
半分冗談ですが、残り半分は本気です。
日本には音楽ホールが多いようで、なかなか予約が取れないという実情があります。
それだけ演奏人口が増えて来たということもあるのですが、気持ちよく演奏できるピアノのホールをつくりたいですね。

そしてゆくゆくは、世界に誇れるような音楽都市をつくりたいと思っています。
ウイーンやチェコのように、いつでも街中に音楽の生演奏が流れていて、生演奏が野外で聴けるような、世界に誇れるような街をつくりたいのです。
日本はこれだけ文化や産業が発達しているにもかかわらず、ふっと思い立って、気軽に生演奏を聴きに行ける場所はなかなかありませんよね。
それがもったいないというか、残念というか。
しかも聴く側も演奏する側も、これだけ音楽が根付いている国ですから、もっともっと、音楽を振興させていきたいのです。
たとえば、ラ・フォル・ジュルネのようなイベントや、音楽の専門教育機関、演奏者用住宅を充実させるなど、あらゆる音楽への支援や活動が活発に行われるような…特区のようなものをつくりたいですね。

…で、そこにつくったホールで、私が一人で、ショパン全曲リサイタルを開く…というのが夢ですね。
もちろん、そのプロジェクトも少しずつではありますが、着々と進めていますよ!
そういう意味では、私自身のプロジェクト支援のためにも、やはりpiaScoreが必須アイテムなのです。
どこでも譜読みができて、ショパン全曲分の楽譜をこれひとつで持ち歩けるわけですから!


piaScoreを初めてみたとき、そのアイディアに驚きつつ、
「なぜ今までなかったんだろう?」
と思うほど、既に演奏者にとっては、なくてはならない存在になりつつあると感じました。
小池さん流の着実さで進化を遂げつつ、周囲の惜しみない賛同と協力を得ながら、さらに大きな夢を実現することも必ずや可能な気がします。
コピーして、切って貼って、手書きでメモして、楽譜の管理や譜めくりのタイミングに都度ドキドキして…という、思えばとても煩雑な作業から解放される日が来るとは!
もう絶対に、元には戻れません(笑)


プラスアド株式会社 代表取締役 小池宏幸氏
1976年生まれ。横浜出身。筑波大学 大学院 工学研究科 電子・情報工学専攻 修士修了。2000年にソニー株式会社に入社。リコメンデーション技術や画像検索技術の開発に従事。2006年に株式会社ゼータ・ブリッジに入社。事業マネージャとして画像認識事業を立ち上げ、大手を含む20サービスに画像認識ASPを導入。2010年5月にプラスアド株式会社を創業、代表取締役に就任。同年12月にiPad電子楽譜プラットフォーム「piaScore」を立ち上げ、iPadアプリケーション「piaScoreHD」は、無料・音楽部門のダウンロード数で1位を獲得。楽天技術研究所 客員研究員、2010年度 独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)未踏ソフトウェア事業 チーフクリエータ。
posted by: hee-san | Interview | 19:54 | comments(3) | - | - | - |
♪ 危機的状況の中でも、音楽は力を発揮する 〜 丸山泰雄さんとスーパー・チェロ・アンサンブル・トウキョウ ♪
 スーパー・チェロ・アンサンブル・トウキョウ II

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3月に「子どもを連れてクラシック
コンサート」で出会った、チェリストの丸山泰雄さん。
その並外れた技術と情熱ほとばしる演奏に感銘を受け、一体どんな方なんだろう?という思いからインタビューを申し込んだところ、快く引き受けてくださいました。
今回は、今月25日に東京・三鷹市で行なわれる、丸山さんプロデュースによるスーパー・チェロ・アンサンブル・トウキョウのコンサートについてのお話を中心にお届けします。




「日本が世界に誇るチェロ・アンサンブル」をめざして

――先日のチェロ・アンサンブルでは8人でしたが、ささやくような序盤からうねりのあるクライマックスまで、重ねられていく音色が壮大で美しく、かつ全員の息がピッタリでゾクゾクしました。

チェロは他の楽器と比べて表現できる音域がとても広い楽器です。
1種類の楽器のみで12人全員が違うパートを弾くという、12声のアンサンブルが成り立つのは、西洋楽器の中でチェロだけなんですよ。
チェロアンサンブルの結成は、東京芸術大学(以下、芸大)在学中に、友人たちと集まって演奏したことがきっかけです。
チェロの豊かな音色が無限に拡がるかのようなアンサンブルの響きに、当時学生だった我々も夢中になりました。
ところが卒業後、プロの演奏家として各々がソロ活動をするようになると、彼らと一緒に演奏する機会はほとんどなくなってしまい…。
ならば、アンサンブルとしてのユニットをつくればいいんだ!と、2000年に結成したのが始まりです。
とはいえ、芸大で同期だった渡邉 辰紀氏、菊地 知也氏を始め、メンバーは全員、コンクールの上位入賞者など日本のトップ・プレイヤーたちですから、超多忙なメンバー12人全員のスケジュールがなかなか合わず、当初、演奏会は年に一回開催するのがやっとでした。
それでも、どこへ行っても必ず会場は満席になる人気ぶりでしたし、レパートリーも徐々に増えてきて手応えを掴み、ツアーで回りたいと考えるようになり…。
そこで、日本全国から優秀なチェリストを募ってメンバーを倍に増やし、その中から日程が合う12人が出るようなスタイルにしたところ、年に数回の開催が可能になりました。

――チェロ・アンサンブル結成と同時に、ご自分で会社を立ち上げたとか?

「ロンド・ミュージック」という、私とスーパー・チェロ・アンサンブル・トウキョウ、ヴィオラの馬渕昌子が所属する会社です。
自主レーベルのCDの制作、主催のコンサート企画などを行っています。
実は、プロの演奏家というのは、
主催者の要望に応じて演奏する、という立場なので自分では演奏会で弾く曲を選べないのです。ならば自分が主催者になり、プロデュースする立場になればいいじゃないかというのが、会社を立ち上げた理由のひとつ。
年に数回ですが、セルフプロデュースでのコンサートを行っています。

本当に辛いときは、悲しみに浸る時間が必要

――今月25日の演奏会はどんなプログラムになるのですか?

この公演のプログラムは、私が2年かけて考え練り上げたものです。
前半は、チェロ・アンサンブルの定番フンクやマーラーなど、楽しい曲が中心ですが、後半は、東日本大震災後の日本再生を願うテーマを掲げました。

私は仙台出身ですが、実は昨年の震災の津波で、親戚を失っており、その辛い経験から、被災地を回って慰問演奏を続けています。
各地で感じたのが、人が本当に打ちひしがれているときには、励ます以前に、今置かれている状況や悲しみに浸る時間が必要だということ。
そこで、今回の演奏会の後半では、まずは自分自身に向き合えるよう瞑想性の強い音楽として、まず、ギリシャ聖教の神秘的なミサ曲であるジョン・タヴナーの「奇蹟のヴェール」を選びました。
そして最後の演目は「フィンランディア」。
今から約100 年前、当時帝政ロシアの圧政に苦しめられ、国歌を歌うことすら禁じられていたフィンランド国民を鼓舞するために、シベリウスが書いた作品です。
現在、日本は困難な状況の中ではあるけれど、再生に向けて誇りを持って鼓舞していこう、という想いを込めて演奏します。

音楽は危機的状況の中でも力を発揮する

この一年、被災地での慰問演奏を続けてつくづく感じたのが、「音楽は危機的状況の中でも力を発揮する」ということ。
現場では医師の方々と話す機会もありましたが、
「私たちが診察して処方できるのは怪我や病気に対してのみ。でも音楽なら、私たちにはできない心のケアができる」
と勇気づけてくださり、私にとっては非常に励みになりました。
震災後、安心や将来への展望など、日本人は様々なものを失い、不安を感じていると思います。
けれど、今一度自分を見つめて、勇気と自信を取り戻してほしい。
今後しばらくは、そんな思いがテーマとなった演奏活動になりそうです。

                                    

スーパー・チェロ・アンサンブル・トウキョウ
〜12人の凄腕チェリスト〜
クヮルテットよりナイーヴに、オーケストラよりダイナミックに!

■2012年5月25日(金)
三鷹市芸術文化センター 風のホール
19:00開演

詳細はコチラ






――12人のチェリストによるコンサート!
想像しただけでもワクワクします。
次回は、丸山さんのチェリストとしての経歴から今後の展望までをお伺いします。
posted by: hee-san | Interview | 22:43 | comments(2) | - | - | - |
♪ ピアノほど充実感を得られるものは、他にありません 〜 木下淳さんのショパン ♪
Fryderyk Franciszek Chopin,Ignaz Friedman,Ignaz Friedman,Johannes Brahms
Naxos

現在、世界で最も歴史と権威あるコンクールとも言われる「ショパン・コンクール」は、ピアニストにとっては憧れの舞台。
実は、2009年にアマチュア・ピアニストを対象として、新たに「アマチュアのためのショパン・コンクール」が開設されましたが、その第一回目のコンクールにおいて、日本人でただ一人入賞したのが木下淳さん。
今年の9月、ワルシャワで開催される第二回目の同コンクールに再び挑戦するとのこと。
先日、テープ審査を無事通過し、本番を前にリサイタルを開くというウワサを聞きつけ、お話を伺ってきました。



木下さんのピアノ調整で長年お付き合いのある「ピアノクリニック・ヨコヤマ」にて


  手さえ挙げれば参加できるチャンスを逃す手はない!

――二度も同コンクールに出場することになった経緯を教えてください

“アマチュアのため”とはいえ、本家・ワルシャワで行なわれるショパン・コンクールです。
第一回目のコンクール開催のニュースを知ったときは、「手さえ挙げれば『ショパン・コンクール』という名のイベントに参加できる」という、夢のようなチャンスを逃す手はないと思いました。
ただ、海外のコンクールは初めての挑戦だったし、練習への着手も遅く、明らかに準備不足の状態での参加。
入賞できたとはいえど、私自身が満足できる演奏ではなく…。
なので、もしも十分に時間をかけて、自分自身が納得できるまで演奏レベルを上げたならどんな結果が出るか知りたい、と思い、今回、再び挑戦することにしたのです。
むろん、初回だった前回に比べて、コンクールの知名度も参加者のレベルも上がるでしょうから、絶対的に上達したとしても相対的には順位は下がるかもしれません。
けれど、自分自身がどのレベルまで到達できるのかを試してみたいのです。

――ピアノを始められたのは5歳でしたよね?

はい。
ですが、しばらくはそれほど熱心ではありませんでした。
転機は小学校5年生の誕生日に、母がプレゼントしてくれたレコードに収録されていた
シューマンのコンチェルトを聴いたとき。
本当に素晴らしくて、今思えば、初めてピアノ熱に火がついた瞬間でした。
さらに、当時読んだ音楽雑誌で
「今、どのピアニストの生演奏を聴きたいかと問われれば、大半の人がホロヴィッツと答えるに違いない」
という記事を見つけ、ピアノの先生から「ホロヴィッツon TV」というレコードを借りたところ、さらに衝撃を受けました。
それまで聴いたことのあるどんなピアニストよりも、音色の変化が豊かで、かつ鋭い演奏だったのです。
以後、たくさんのシューマンの曲やさまざまなピアニストの演奏を聴いてきましたが、最初に聴いたシューマン(ルプーとプレヴィンの協演)は今でもベストの演奏だと思いますし、ホロヴィッツに比肩するピアニストもなかなか現れません。
「ほどほどの演奏」ではなく、「最上級の演奏」にこの時期に偶然出会えたことが、私の人生を大きく左右したように思います。
これらの名演奏に触れてからは、ピアノにも真剣に取り組むようになり、地元・宮崎では、県主催のコンクールに4年連続で入賞するレベルにまでは上達しました。
それでも、やっぱり全国的にハイレベルなコンクールの入賞者の演奏をラジオなどで聴くと、「これはかなわないな」と感じ、ピアノの道は諦めるつもりでした。

――そんな矢先、「オーケストラがやってきた」というテレビ番組で「東大ピアノの会」が紹介され、さらにピアニストの中村紘子氏が雑誌に寄稿した「東大生とピアノ」という記事を読んで興味を持ち、東大に進むことに。

ピアノの専門家にはなれないだろうと思いつつも、普通の大学に行ったらピアノを弾く時間がなくなってしまうのではないかと進路を迷っていた時期でしたから、「音大に行かなくても趣味として続けられるんだ!」とわかって嬉しくなりました。
結果的には「東大ピアノの会」に入るために、頑張って勉強したようなものですね。
案の定、大学時代は勉強はそこそこで、ピアノの会にのめり込みました。
情報が少ない宮崎から上京してきましたから、入会すれば必ずやピアノ音楽やピアニストに詳しい人たちがいるに違いない、という目論見が当たり、様々な音楽知識を先輩たちから得ることができましたし。

またこの時期に、20世紀の偉大なピアニストであるホロヴィッツやアラウ、ホルショフスキが来日し、彼らの生演奏を聴くことができました。
時間に融通の効く学生時代だったからこその体験で、かつ、彼らの最後の来日公演でしたので、今思えば非常に運がよかったですね。
あれから20年以上経っていますが、86年のホロヴィッツと87年のホルショフスキの演奏は、私が聴いた演奏会の中で未だに歴代ナンバー1、2です。



ちなみにご自宅のピアノは、20年前、パリに赴任中に購入したという1927年製のプレイエル。
(写真はピアノクリニック・ヨコヤマに置かれているブリュートナー)


――最も好きな作曲家がショパン、という木下さん。

ショパンの音楽は、喜怒哀楽含めて、感情表現がとても豊かでストレートなところに惹かれます。
特にマズルカは独特のリズムの舞曲ですが、冒頭に掲げたフリードマンの録音で聴くと、なんて活き活きした音楽なんだろう!と思ってしまいます。
ピアノの演奏もしかりで、表現が豊かで個性的なピアニストに魅力を感じるのですが、残念ながら、先に挙げたように、既に亡くなった巨匠たち以降、私自身が素晴らしいと思える演奏を聴かせてくれるピアニストがなかなかいないのです。
誤解を恐れずに言わせていただくと、「ならば、自分が満足できる演奏をできるのは自分しかいないじゃないか」という気持ちも、自分で弾き続けている理由のひとつです。
ただ現実には、技術も練習も不足していて、なかなか自分の理想通りの演奏にはたどり着いていませんが…。


 「ピアノを弾き続けている意味」を見つけたい

誰しも、自分の存在意義を考えることがあると思いますが、私が他の人々に対して何かできることがあるとすれば、それはピアノに関わることしかないのでは、という気さえしています。
それでは、サラリーマン失格かもしれませんが(苦笑)。
演奏においてめざすところは、私の演奏を聴いてくださった方が、もう一度聴きたい、他の人にも聴かせたい、と感じてもらえるような演奏ができるようになること。
そこまでいけば、私が「ピアノを弾き続けている意味」があるように思うのです。
それ以外にも、例えば私がこれまで蓄えてきた膨大な情報やコレクションを、これからピアノの世界に入ろうとする人たちのために役立たせることができたら嬉しいです。
私自身が諸先輩方からいろいろ教わったので、今度は私が、というわけで…。
とにかく私にとって、ピアノに関わること以上に充実感が得られるものは、今のところない、と言い切れるくらいですね。

これほどまでに熱く語れる何かを持っている木下さんが、本当に羨ましくなりました。
前回の入賞後は、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」での舞台や出身地の熊本等で演奏会を重ねていらっしゃいますが、近々のリサイタル情報は以下の通り。
木下さんのピアノへの思いを、じっくり聴かせていただく会になりそうです。



■Vol.1
5月16日(水) 19:30開演(20:40終演予定)
場所:シンフォニーサロン 2Fホール
(最寄駅:地下鉄門前仲町 徒歩3、4分)
入場無料

■Vol.2
6月2日(土) 15:00開演(16:10終演予定)
場所:Cafe & Dreamspace "CLICLI"
(最寄駅:東急池上線長原駅 徒歩5分)
入場料:500円(ワンドリンク付)

オール・ショパン・プログラム(二度とも共通)
ワルツ 第5番 作品42
バルカローレ 作品60
マズルカ 作品30-3, 30-4
バラード 第4番 作品52
〜小休止〜
スケルツォ 第2番 作品31
ノクターン 第16番 作品55-2
ポロネーズ 第6番 作品53「英雄」
posted by: hee-san | Interview | 23:09 | comments(0) | - | - | - |
♪ 音と音を重ね合うシナジーの醍醐味 〜 ヴァイオリニスト 浅川章子さん ♪
Joseph Haydn,Bruno Weil,Tafelmusik
Sony Classics

私が20年ぶりにピアノを再開するきっかけをつくってくれた、ヴァイオリニストの浅川章子さん。
外資系銀行の管理職というお仕事をバリバリとこなし、3人のお子さんの子育てもしながら、2つのオケを掛け持ちしているスーパーウーマンです。
5月13日にはザ・ファインアーツ・フィルハーモニック(FAP)の定期演奏会(第一生命ホール)、8月5日にはウインドミル・オーケストラの定期演奏会(習志野文化ホール)と、追い込み練習真っ只中の浅川さんに、お話を伺ってきました。




 最初は音程がすべて。合えば音に響きと色彩が生まれる

ヴァイオリンを始めたのは、小学4年生のとき。
小学校の合奏部に入ったのがきっかけです。
4歳からピアノも習っていましたが、ヴァイオリンは始めから「なんて楽しいんだろう!」と、すっかりその魅力の虜になりました。

――幸運なことに、当時浅川さんが在籍していた小学校の合奏部を指導していたのは、音楽教育界では有名な佐治薫子先生。
佐治先生が指導した小学校オーケストラの全国優勝は40回を超え、薫陶を受けた生徒は、現在も音楽方面で活動している卒業生も多い。
また、浅川さんの3歳年上で小・中学校時代はチェロを担当し、ウインドミル・オーケストラの創立メンバーでもあるお兄さんの現田茂夫さんは、一時は医師をめざしていたものの音楽の道を諦めきれず、東京芸術大学指揮科へと進路変更。
現在は神奈川フィル名誉指揮者。国内外の主要オーケストラを指揮し、好評を得ている。



当時から佐治先生の指導は徹底していました。
一カ所のパッセージのみ何度も繰り返して練習する「千回練習」とか。
音程には特に厳しかったですね。
音程が合わないと、響きが出ない。
でも、ぴったり合えば、倍音がなり、響きが出ることで音が広がり、色彩が出てくる。
そこから縦の音のつながりとか、歌わせ方の工夫ができるようになるわけです。
とにかく最初は音程がすべて、ということで、学校でも少しでも時間があれば、みんなで音を合わせていました。
10分の休み時間でさえも、音楽室に行くと必ず佐治先生がいらして、来るメンバー全員の音程を、一人一人丁寧にチェックしてくださいましたね。

――そのまま音楽の道へどっぷりはまるのかと思いきや、中学・高校ではテニス部に。
ヴァイオリンには触れることすらなかった、というから驚き。
ようやく音楽に戻って来たのは、大学へ進学後のことだそう。


大学のオーケストラは、かなり本格的でした。
幼少時から個人レッスンを続けてきたかなりの腕前の方も大勢いて、ハイレベル。
私は合わせて弾くための耳はできていたけど、技術的にブランクがあったので、最初はビブラートのかけかたから教わりました。
ワーグナーやブルックナーなど、編成の大きな曲の演奏会を年に2回、また、大学祭では初めて弦楽四重奏にも挑戦して楽しかったですよ。

――その頃、ウインドミル・オーケストラにも参加するようになり、2足のわらじを履くように。

音と音を寄り添わせて、それをさらに広げるためには、どんな表現をしたらいいか? 

めざす方向性も、持つ色合いもまったく違うふたつのオーケストラを掛け持ちするのは、決して悪いことではなかったですね。
ウインドミルはメンバー全員が佐治先生の教え子で同じDNAを受け継いでいるので、集まって合わせると、すぐにぴたっと音が寄り添うんです。
いっぽう、大学のオケのメンバーは経歴も受けてきた教育もさまざまですから、ああしよう、こうしよう、と言葉をかわして意思の統一をはかりながら、音を作り上げていくわけです。
どちらも刺激的で面白かったですね。

――卒業後、一人暮らしを経て結婚・出産、その間もウインドミル・オーケストラと大学のOBオケで活動を続けていたが、だんだん求めるものが変わってきたことに気づく。

毎回大編成の曲に取り組み続けることに疲弊してきたんですね。
だんだんこなすので精一杯になってしまって…。
もっとゆっくりとした時間の流れの中で、丁寧に、かつ楽しんで弾き続けていきたかった。
そこで、大編成のオケは卒業して、少人数のアンサンブル中心のオーケストラ、FAPに居場所を移しました。
今日もプロのトレーナーの方から、いろんなことを教わってきたところです。
音と音を寄り添わせて、それをさらに広げるためには、どんな表現をしたらいいか?
そうして自分の中で表現力を少しずつ広げていき、全員で合わせたときにどんな音が出るかという、そのシナジーをはかる楽しさといったら!まさに音楽の醍醐味ですね。

――そんな浅川さんのおすすめは、カナダの古楽器オーケストラ、ターフェルムジークバロック管弦楽団のハイドン交響曲シリーズ「Symphonies」

あるとき彼らの演奏映像を見たところ、ものすごく楽しそうに、好き勝手に弾いているように見えるんですよ!しかも、音が絶品!
やっぱり、楽器は楽しく弾かなくちゃ!と。
もちろん、そのためには、地道な練習が欠かせないわけですが、正しい音を出さなきゃと縮こまってしまうより、これからは、彼らのように自由に弾いてみたいなあって、今は思ってます。




――音楽のことを話し始めると、目が輝き尽きることなく話してくださる浅川さん。
二人の娘さんも、お姉ちゃんがチェロを始め千葉県少年少女オーケストラで親子二代にわたる佐治先生の指導を受けており、下のお嬢さんもピアノを習っています。
「いつかは三人でトリオをやりたいね!と話しているの」と嬉しそうに教えてくれました
posted by: hee-san | Interview | 06:18 | comments(0) | - | - | - |
♪ ジャンルの垣根を超え、一歩ずつ進化し続けたい 〜 ヴォーカリスト 伊藤大輔さん ♪
全国のライブハウスを中心に、年々、活動のフィールドを広げている
ヴォーカリストの伊藤大輔さん。
今月また新しいユニットが始動する!とのウワサを聞きつけ、お話を伺ってきました!



まずは、大輔さんのパフォーマンス「Voice Solo」の動画をご覧ください!




 歌い手として自立した音楽をめざしたら、いつしかジャンルの垣根がなくなった

――大輔さんの透明感あるハスキーヴォイスが重なった、独特の世界観にうっとりです!


ループマシンを使って一人で歌う「Voice Solo」の構想は、実はかなり前からありました。
歌い手って楽器奏者と違い、一人ではなかなか音楽を成立しづらいですよね。
でも、自立して音楽を成立させることが大事なんじゃないか、と思っていたのです。

実際ライブで始めたきっかけは、あるライブハウスの仕事が急遽舞い込んだとき。
すぐには共演者がつかまらなくて、じゃあ、いいチャンスだから一人でやってみよう!と。
始めはお客様の反応も、何だろう?という感じでした。
全国約50カ所とサンフランシスコ、香港とライブを重ねていくうちに、レパートリーも増え、僕自身のパフォーマンスにも余裕が出てきて。
今では、不思議できれいでおもしろい!と、「Voice Solo」を楽しみに来てくださる方が増えましたね。

――私が大輔さんと出会った10年ほど前は、ジャズのスタンダード曲を中心に歌ってらっしゃいましたよね。


当時はジャズのセッションが中心だったのですが、「Voice Solo」を始めてから、ヴァイオリンやチェロ、ドラムとのデュオなど、異種格闘技みたいなライブが増えて。
それに従って、ジャンルを超えてさまざまな音楽に取り組むようになってきたんです。
最近ではミュージシャンだけでなく、ダンサーや役者さんとのコラボレーションなど、音楽のジャンルの垣根だけでなく、音楽と芝居の垣根までなくなってきました。
すると、芝居の要素が自分のなかに加わったことで、ジャズを歌うときに自分のパフォーマンスが変わってきたことに気づいたんです。

ジャズセッションにVoice Solo、芝居、さまざまなコラボレーション。
すべてが互いに影響し合うことで、垣根がなくなってきただけでなく、パフォーマンスの厚みが増してきたな、と感じています。


 サーカスの綱渡りのように、上体は柔軟でいたい


サーカスの綱渡りを見たことはありますか?
一見、ふらついて危なそうに見えるけれど、実は上半身がふらふらしていないと、落ちてしまうらしいです。
上半身はふらついても下半身がしっかり支えていることで、上と下でうまくバランスを取りながら、あの不安定な細い綱を渡っていけるんですって。

僕の音楽へのアプローチは、まさに綱渡りのようなバランスでありたいと思っています。
上体は多方向にアンテナを張りながら、足下はがっちり固めていく。
それが理想のカタチですね。



――そんな大輔さんの今年の新しい取り組みのひとつが、
TOKU(Vo,flh)、Maya Hatch(Vo)とのヴォーカリーズコーラスユニット“HIT”。
3/22(木)の 南青山 Body&Soulでのライブを皮切りに始まります。


「ヴォーカリーズ」とは、楽器の演奏に合わせて、歌詞を付けて歌うジャズの手法で、50年ほどまえに、米国の「ランバート、ヘンドリックス&ロス」が取り入れていたのが有名です。
現在の日本には、男性のジャズヴォーカリストが少ないので、若い世代がジャズを聴く機会があまりないと思うんですよ。
今回のライブでは、往年のジャズナンバーが中心のレパートリーになると思いますが、おもしろくなりそうで僕自身ワクワクしています。
今年は他にも、いくつかのユニットでのライブ、それからCDも出す予定です!






 根拠のない自信でもいい、自己暗示をかけることが大事

――本当に様々なジャンルで、同時進行のチャレンジを続けていますね
その活力の源はどこにあるのですか?


「夢を追う」
そのひと言に尽きると思います。
例えば、どの世界にも第一人者がいますよね。
でもそこで「すごいな、あのひと」って恐れをなしちゃうと、自然と自分のなかで限界が決まってしまい、そこから上には行けなくなってしまう。
でも、「同じ人間なんだし、いつか自分にもできるんじゃない?」とチャレンジしてみたら、本当に理想に到達するかもしれない。そういう、根拠のない自信を持つというか、自己暗示をかけることが、けっこう大事だと思います。

――なるほど…。そんな大輔さんの音楽を聴いているファンの方に対しては、どんな思いを抱いているのですか?

常々、「僕のことを知っている人を増やしていく」のではなく、「僕が知っている人を増やしていきたい」と思っています。
千人の人が自分の音楽を聴いてくれたとしても、僕が知らない相手なら、その千人がある日ちょっとしたことでゼロになってしまう可能性があったとして、こちらからアプローチする術がないですよね。
それなら、10人でもいいから、もう少し近い距離で、あたためていける関係のほうがいい。
おそらく時間はかかるだろうけど、この先も長く歌っていくならば、きっと実を結ぶんじゃないかと考えています。

――では最後に、ライブを聴きに来てくださる皆さまにひと言お願いします!

映画や絵画の楽しみ方にも共通して言えることですが、どんな作品にも楽しめる要素がある。
だから、初めて聴いた曲も「知らない歌だからつまらない」なんて思ったらもったいない。
「こんな曲もあるんだ!」と新たな発見をしたほうが、人生はより豊かになるでしょう?
楽しむチャンネルをより多く持って、音楽を聴いてもらえたら嬉しいですね。



■Information
伊藤大輔 【Vocal】 Official Website
・CD(購入など詳細はコチラ

●音の葉∞言の葉 / 音の葉、言の葉



 









「音の葉=歌詞のないメロディーだけの歌」「言の葉=日本語の歌詞を載せた歌」
ジャズピアニストの阿部篤志さんとのユニットで、
「美しく普遍的な世界観の中で、こどものように飛び跳ねているイメージ」で制作。


●伊藤大輔/ 紡-tsumugi- Voice Solo




 








Voice Soloの記念すべき1st Albumは、モーション・ブルー・ヨコハマでのライブ収録。
初期の頃の絵画的な世界観が味わえる作品。


posted by: hee-san | Interview | 21:55 | comments(0) | - | - | - |
♪ 歴代のアマチュアピアノコンクール優勝者が競演 〜 松本淳さんのアルベニス「イベリア」 ♪
ラローチャ(アリシア・デ),アルベニス,トゥリーナ,ソレール,グラナドス
ユニバーサル ミュージック クラシック

今回のインタビューは、アマチュアピアニストの松本淳さん。
本業はエンジニアの松本さんですが、2001年の第6回日本アマチュアピアノコンクールA部門(※)で第一位という、素晴らしいご経歴の持ち主です。

来る3月20日(火・祝)東京・渋谷区の津田ホールにて、歴代のアマチュアピアノコンクール優勝者によるジョイントコンサート「Let’s Enjoy PIANO-ING!」を控えている松本さんに、ピアノへの想い、コンサートへの意気込みなどをお聞きしました。



 注意されたらその場ですぐに直して弾けることが大前提

ピアノを始めたのは6歳です。
当時NHKで「ピアノのおけいこ」という番組を放送しており、興味本位でオーディションを受けたところ、最年少で合格しました。
採用の理由は、「まったく弾けていないから」(笑)。
まあ、幸いまだ変な癖がついていなかったこと、さらに、注意されたことをその場ですぐに直して弾ける、ということが、レッスンを受ける大前提の素質だったようです。
この番組でピアノ界の大御所、田村宏先生にご指導いただき、放送期間の半年で、まるで別人のように上達しました。


――たった半年で、そんなにも変わるものなのですか?

スケールやアルペジオ、脱力方法など、ピアノを弾いていくうえで重要な基礎技術をみっちり叩き込まれましたから。
また、あの番組では私より年長の生徒さんが大勢いたので、彼らのレッスンを間近で見られたことも刺激になりました。
やはり、どんな環境に身を置くかで、成長の度合いが変わってくるのだと思います。

番組終了後もしばらく田村先生のレッスンを受け、ピアノ漬けの生活を送っていた松本さん。
ところが…


  ピアノって、すごい楽器なんだ!

中学生になり、勉学にも興味が沸いてきたこともあって、進路を考えた末、ピアノのレッスンをやめたのです。
一年間ほどは、ピアノに触れさえしませんでしたね。
ところが、受験勉強をしながらFMでクラシック番組を聴いていたら、それまで聴いたことがなかった一流のピアニストたちの素晴らしい演奏が次々に流れてきて…。
「ピアノって、もしかしたらすごい楽器なんだ!」と改めて気づかされました。
そして、そういう曲に「自分も手が届くなら弾きたい」という欲求に突き動かされ、一度は離れたピアノに再び戻ってきたのです。
とはいえ、そこからは現在に至るまで、ほぼ独学。
好き放題に弾いていますよ。

――社会人になってからコンクールを受けようと思ったのはなぜですか?

アマチュアといえど、ピアノを弾くからには、技術面だけではなく、聴衆に何かを感じてもらいたい、何か心に残るような演奏をしたいと、常に思っています。
そういった印象づけが果たして人前でどこまでできるのか試してみたかったし、コンクールでは審査員から講評をいただけるので、客観的に自分のピアノがどんなふうに聴こえるのか知りたかったのです。

ファイナルでは、ファリャの「アンダルシア幻想曲」を弾いたのですが、
「キミ、音にピアノとフォルテしかないね」とか「もっといろんな音が出せるようになりなさい」というコメントをいただいたので、目下の課題は、音色づくり。
音色の幅を広げることですね。

  
以前にも増して「音」に、より気を配るようになった

――みごと1位を獲得されたコンクールから10年経ちますが、何か変化はありましたか?

ソロ以外の、室内楽や伴奏を弾かせていただく機会が増えました。
ピアノは基本的に独奏の楽器。
子供の頃からずっと一人で弾いてきたので、室内楽で、他の楽器奏者と音楽を作り上げていく、という経験は初めて。
ひとつの音楽全体のなかで各楽器がどんな役割を与えられていて、ほかの楽器とどうやって合わせていくのかを、各楽器奏者と一緒に考え、フォローし合っていく、という一連の作業で、さまざまなことを教わりました。
この経験で得たものは大きく、ソロを弾くうえでも、以前にも増して「音」に、より気を配るようになりましたね。
自分がどんな音を出していて、それはどんな意味を持った音で、それが果たして、どう聴衆に伝わるのか…と。

――ジョイントコンサート「Let's Enjoy PIANO-ING!」について教えてください

コンクールの歴代一位のメンバーが集う機会が何度かあり、一緒に演奏会を、とスタートしてから、今回で早くも7回目です。
気が合う仲間と演奏する楽しさと同時に、アマチュアながら入場料をいただいて演奏するわけですから、練習にも気合が入りますね。
毎回メンバー間で相談してテーマを設定するのですが、今回は、フランス音楽とその影響を強く受けた音楽を集めて「〜色彩豊かなピアノ曲〜」としました。
(コンサート詳細はこちら

私が弾くのは、アルベニスの「イベリア 第二巻」。
「イベリア」に出会ったのは、高校2年の頃です。
ラローチャの演奏に度肝を抜かれてすぐに楽譜を購入し、少しずつ、紐解くように取り組んできました。

 

  近接してまとわりついたなかに美しい旋律が聴こえてくる感動

「イベリア」は、アルベニスがスペインへの想いを、彼独特の技法を総動員して表現した作品です。スペインのリズムや響きの要素がたっぷり詰まっていることはもちろんですが、絵画でいう「遠近法」や「グラデーション」のような、重なりつつぼかしたような感じの響きの中に、旋律が浮き出てくるところが大きな魅力だと思います。
この響きを表現するために、アルベニスは両手を重ねる奏法をふんだんに用いていますが、これが非常に難しくて…。
けれど、この、近接してまとわりついたなかに美しい旋律が聴こえてきたとき、いばらの棘をそうっと取っていったらきれいな花蕾が見えてきた、というような感動を覚えるのです。
食べ物に例えると、珍味のようなね。こどもには食べられない、大人になるとその味わいがわかる、そんな作品だと思います。
うまく演奏で表現できるかわかりませんが、ぜひその奥深さを味わっていただきたいですね。

――今後の目標は?

私にとっては、ピアノへの情熱を最大限に発揮できる場であるこのジョイントコンサート。
まだまだ挑戦したい定番の曲もあるし、あまり知られていない名曲もご紹介したいし、ずっと続けていければいいなあと思っています。
最近、以前にも増して楽譜を読み込むようになりましたよ。
楽譜に書かれていることをすべて表現できるようになって、「人に聴いていただく」ための音楽を、さらに追究していきたいですね。




――はあ〜っ、思わずため息が出るほど、勉強になりました。
松本さんの「イベリア」を聴くのが楽しみで、コンサートが待ちきれないです…
ありがとうございました!

(※)2006年より、主催者変更に伴い「国際アマチュアピアノコンクール」と改称している。難易度順に部門が分かれ、A部門は最難関。
posted by: hee-san | Interview | 21:43 | comments(0) | - | - | - |