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自分の身の丈に合うものを 〜 「おおきいツリー ちいさいツリー」
「身の丈にあった」 ということを、常に意識するようにしています。

高価なものを所有しないように。
背伸びして無理なことをしないように。

若い頃は身の丈って何のこと?とばかりに、いろいろと無茶をしでかしました。
大失敗を繰り返したおかげで、今があるのですね。
身の丈に合わないことをすると、あとで必ず痛い目に合う。
自分にとっての「身の丈」がようやくわかるようになってきました。

もちろん今も、夢は大胆に追い続けているつもりですし、直感を信じて動くタイプなので「これ!」と感じたら、どんなことでも迷わず即、行動に出ます。
でも、それと同時に、分相応であることも見失わないように心掛けています。
たぶん、両者のバランスをうまくとることが、人生においてとても大事なのではないかと思うからです。
このバランスが崩れると、必ずどこかで無理が出て、車輪が外れた馬車のごとく崩壊の危機に瀕する気がします。

だから、自分の身の丈を知ることはとても大事だと思います。
では、手にいれた後に合わないと思ったものは?
…手放せばいいんです。
きっと、ぴったりと合う人の元に渡っていくでしょう。とても自然になりゆきで。

とはいえ、そんな簡単なことが簡単でなくなっている現代社会の世の中です。
おそらく難しく考えすぎて、様々なことが複雑に絡まってしまっているのでしょう。
ひとつひとつほどいてまっさらにして、見つめなおせば案外シンプルなことなのに。

人と人との関係も、この世に存在するすべての存在との関係も、自分の身の丈を知り、分相応をわきまえれば、自然とよいバランスを保って共存できるはずなのです。
高い能力を持つ者が世界を支配し繁栄をもたらすというのは幻影にすぎません。
身の丈をわきまえずコントロールできると思いこみ、結果、想定外のことが起きたと感じたとしても、それは元々、想定外ではないのです。

いっぽう、小さなこどもや生きものたちにとっては、身の丈は既に本能で知っているシンプルなことだったりするようです。

ウィロビーさんのお屋敷に届いた大きなツリー。
ところが、飾ってみると、ツリーの先が天井につっかえて曲がってしまったので、執事を呼んでツリーの先を切りました。
切られて小さくなったツリーの先は、次々に動物達の元に渡っていきます。
その都度、その動物の家に飾るのにちょうどよいサイズになって。
彼らは、自分の身の丈に合うサイズにしただけのことですが、不要になったものはほかの誰かに渡っていく。
結果的に、幸せのおすそ分けとなって・・・。

それはたった1本のツリーではあるけれど、人生に必要なさまざまなことを教えてくれるような気がします。
そして一番大切なことは、おおきいツリーもちいさいツリーも、みんな同じように幸せな気持ちで満たされること!
posted by: hee-san | 大人にも読んでほしい絵本 | 23:15 | comments(0) | - | - | - |
本当に望むことは…? 「100万回生きたねこ」
…突然ですが。
体って、どうしてひとつしかないんでしょうね?

今日だって

会社で仕事してる私
インタビューして、原稿書きたい私
こどもたちとゆっくり、その日あったことをおしゃべりしたい私
ボローニャの国際絵本原画展に行きたい私
ピアノをずっと弾いていたい私
家のあれこれを片付けてゆっくりソファでくつろぎたい私

…と、たった一日でさえ、体がいくつあっても足りないのです。

「よくばり過ぎだよ。何か諦めて絞り込まなきゃ!」
と言われることもあるし、自分でもそう思ったりするんですけど、やっぱりどれも大事。
困ったものです。

さて、泣く子も黙る、名作「100万回生きたねこ」。
ミュージカルになったり、映画になったり(しかも音楽はコーネリアス担当という!)絶大な人気を誇る作品です。

100万年も生きて、王様のねこだったり、泥棒のねこだったり、サーカスのねこだったり。
生まれ変わるたびに、別の人生(じゃなくて猫生)を生きられるなんて、ちょっぴり羨ましい。

ところが、そんな激動の輪廻を繰り返した彼が初めて自分を好きになったのは、ただののらねこに生まれ変わったとき。
初めて自分以外の誰かを自分よりもすきになったのも、このときでした。
そしてはじめて泣いたのも。

おそらく、人それぞれ、受け止め方は千差万別。
自分の境遇に照らし合わせ、感じることも見えるものも違ってくるんだと思います。
こどももおとなも大好きなベストセラー絵本は、決して答えを用意していません。
自分なりの答えを見つけるための、ヒントにはなるかもしれないけれど…。

あれもこれもの欲張りな今の私には、まだ答えは見えてきません。
だけどなぜか、いつも側にある絵本なのです。
posted by: hee-san | 大人にも読んでほしい絵本 | 23:47 | comments(1) | - | - | - |
すべての瞬間を慈しむことができる喜び〜「よあけ」
101件目の投稿です。
100件目の投稿が昨年11月中旬だったので、なんと約3ヵ月も更新していませんでした。

私にとって100件目はお祭りでしたが、101件目はまた一から、「はじめの一歩」。
気持ち新たに、初心に戻って…そんな思いで、絵本「よあけ」を取り上げよう、とテーマは決まっていたのですが、なかなか筆が進まず今日まで来てしまいました。

というわけで今年ももうすぐ3月ですが、東日本大震災による原発事故を経験してからというもの、私は自然の美しさ、地球という奇跡に対して、もう以前のように受けとることができなくなってしまいました。

夜明け前の静けさ。
日が昇るときの、音もなくドラマティックに変貌していくさま。
どの一瞬も、息を飲むほどの美しさではあるけれど、それはこれまで、私にとっては目に映る日常のイベントのひとつに過ぎませんでした。

ところが、この日常がどんなに絶妙なバランスで成り立っているかを、震災から始まった原発事故、という痛みを伴って初めて気付いたとき、ものすごくかけがえのない幸せな現象なのだということをようやく、理解したのです。

それ以来、身の回りのすべてのことが、常にありがたく新鮮で、美しく、幸せなものとして映るようになりました。

毎日、日が昇ること。
朝、「いってらっしゃい」と手を振った家族が、一日の終わりには全員揃って食卓を囲めること。
おいしい空気や水を、好きなだけ身体に取り込めること。
おひさまの匂いでふわふわになった布団にくるまって眠れること。

それだけで、
とてつもなく、幸せ。

「よあけ」では、初めて一緒にキャンプに来たらしいおじいさんと孫が、夜明け前の静まり返った湖のほとりで寝ている場面から始まります。

やがて夜が明ける気配で目覚めたおじいさんは孫を起こし、身支度を整えて湖にボートを漕ぎ出すのですが・・・。
印象的なのが、まだ寝ぼけ眼の孫に比べて、おじいさんが終始満面の笑みを浮かべていること。
そのワケは、夜が明ける
その瞬間の場面を見ればわかります。

おじいさんが、どんなに孫を愛していて、どんなにこの瞬間を孫に見せることを楽しみにしていたか。

最初にこの作品を読んだときは、しだいに夜が明け、世界の色が変わっていくさまを美しく描いているなあ、と見入ったものですが、最近はそれだけでなく、おじいさんの想いに対する共感の気持ちのほうが強くなってきました。

奇跡のような大自然の営み。
それをじかに肌で感じ、かつ分かち合える幸せ。

そんな一瞬、一瞬をこれからも慈しんでいこう、と思います。
posted by: hee-san | 大人にも読んでほしい絵本 | 22:47 | comments(0) | - | - | - |
安野光雅さんの不思議な世界に浸る 「きつねがひろったイソップものがたり」
きつねがひろった イソップものがたり 1きつねがひろった イソップものがたり 1
出版社:岩波書店絵本ナビ


安野光雅さん、といえば、世界的に最も有名な絵本作家――と言っても、過言ではありません。
世界各国で出版された作品は、おそらく数百点にのぼるでしょう。
このブログでも常々、彼の作品を取り上げたいと思っていました。
でも私にとってはあまりにも偉大な方のため、最初に取り上げる作品をなかなか決められずにいたわけです。

さて、この絵本に出会ったのは、実は今朝のこと。
昨夜実家にお泊まりした娘たちを今朝迎えに行ったところ、実家のリビングにこの絵本が置かれていました。
本好きの娘たちのために、母が図書館で借りてきてくれたようです。
ページをめくってみて、衝撃を受けました。

イソップものがたりは、誰でも一度は読んだことのある寓話。
馴染みのある動物たちが起こす騒動に、
「欲深さによる浅はかな行動がどんな結果を招くか」
「知恵をしぼって地道に努力すれば報われる」
など、人生の教訓がたくさん盛り込まれています。

この
言わずと知れた寓話を、安野さんは、あえてぶっきらぼうで、かつ、風刺のきいたショートストーリーに仕立てたうえに、もうひとひねりして、新しいエッセンスを加えています。
出版元の岩波書店の紹介文をそのまま引用すると、

「きつねの親子が,古くてりっぱなイソップの絵本をひろいました。
子ぎつねはさっそく読んでほしいとせがみますが,父さんぎつねは字が読めないので,読めるふりをして勝手ほうだいにお話を作ります」

とあります。
新しいエッセンスとは、その父さんぎつねが勝手に作ったお話。
それが、元のお話とはまったくかけ離れた内容で…あまりにも…笑えます!

でもねえ、それは元のお話を知っているからであって、もし何も知らないでその絵だけを見たら、やっぱり私も父さんぎつねと同じように、適当な解釈を勿体ぶってつけたお話を作ってしまうんだろうなあ、なんて、妙に納得されられてしまうから不思議です。
これは世の中の勿体つけた大人たちや、絵本作家であり画家でもあるご自分への皮肉を込めた、彼独特の痛烈なユーモアなんでしょうね。

安野さんの絵本は、細部にわたり緻密で美しいだけでなく、必ず笑える要素が入っているのが特徴で、それが独特の不思議な世界をつくりあげているのですが、これは彼の作品の中でも、かなり特殊な部類に入るのではないでしょうか。

ふだん「絵本を通じてこどもたちに教訓を伝えなくては」と考えている方も、この作品に限っては、たまには肩肘はらずに、息抜きとして楽しめるのではないかと思います。
もちろん、こどもたちと一緒に、「クククッ」と笑いながら読んでもいいですよね。

ちなみに、私が安野さんの作品に出会ったのは幼児のころ。
彼の絵本のデビュー作「ふしぎなえ」が初めてでした。
ちょうど私が生まれる数年前に出版されたらしく、以後、次々に世に出された安野さんの絵本に片っ端からリアルタイムで触れられたことは、本当に幸運だったなあと、つくづく思うのです。
posted by: hee-san | 大人にも読んでほしい絵本 | 00:51 | comments(0) | - | - | - |
こどもと、こどもに関わるすべての大人に読んでほしい 「ボロ」
前回、こどもの頃の音楽の記憶を振り返ったら、すっかり幼少時代を思い出す作業にどっぷり漬かってしまいました。

そこで思い出したのが、私は父の仕事の都合で5つの小学校を渡り歩いたこと。
でも幸い、転校が嫌だと思ったことはありませんでした。
注目されるのが好きな性格だったし、物心ついたときから引っ越しに慣れていたので…。
とはいえ、その土地土地で慣習や常識が違うため、言葉遣いから行動パターンに至るまで、皆に合わせる努力はしていたように思います。

一度だけ、転校生として嫌な思いをしたのは、クラスメイトからではなく、むしろ担任の先生から受けたことでした。

転入生のクセに、物怖じせず自分の意見をはっきり言う私を、かわいくない生意気な生徒だと感じたのでしょう。その担任の先生は、ことあるごとに、クラスメイトの前で私を非難罵倒するようになりました。

当時まだ小学4年生だった私は、先生の人格に問題があるとか、いじめられているんだと考える思考能力はなく、先生に言われるがまま、自分が悪いのだと信じ込みました。
そして、「今度は叱られないように頑張ろう」と努力しても、さらに叱られ続けるうちに、だんだん自分に自信がなくなり、何をするにも「また否定されるのではないだろうか」と怯えるようになりました。

それでも当時、親にはそのことを言えませんでした。
私が毎日楽しく学校に通っている、と信じて笑顔で送り出してくれる親を、絶対に心配させたくなかったのです。

たぶんそのままいけば、登校拒否になったのではないかと思いますが、幸いなことにその先生は妊婦さんだったためまもなく産休に入り、そのような扱いをされることはなくなったのですが…。

子ども時代は、閉ざされた四角い空間の中で、一年間、毎日同じメンバーと過ごさなければなりません。
だから、何かの拍子で、いじめにあったり、仲間はずれにされたり、時には、守ってくれるはずの大人である先生からも悲しい仕打ちを受ける可能性があります。

そんなときに自分が自分でいられるには、何か大きな支えが必要です。
前述の私の場合は、友達と家族の存在でした。

「ボロ」は、そんな当事者の気持ちを痛いほど伝えてくれる作品です。
文字通りいじめにあい、登校拒否になりかけた「わたし」が、校庭の迷い犬ボロと心を通わせて苦難を乗り越えるというストーリー。
他者を思いやる優しさ、現在を受け入れる勇気、苦難を乗り越える強さなどが、「わたし」と「ボロ」との交流を通してとつとつと描かれているのですが、あまりにもせつなくて、読むたびに涙があふれてしまいます。
けれど、お互いの存在が支えとなり、前に進んでいくのです。

余計な感想や解説はつけず、ただ読み手の心の中にひっそりと残してほしい。
こどもと、こどもに関わるすべての大人に読んでもらいたい作品です。

そういえば、私が大切にしている宝物の中に、卒業した小学校の校長先生からいただいた直筆の色紙があります。
色紙には大きく、こう書かれています。

「現在を、大切に」

卒業生一人一人に、毛筆で書いてくださったこのメッセージを、私は何かあるたびに思い出し、何とか今日まで来れたように思います。

今、一人の大人としてできることは、こどもたちを間違えて傷づけてしまうことなく、見守り、支えられる存在となるべく努力することかなと思っています。あの担任の先生の記憶を反面教師にして、大事な色紙をくださった校長先生のような存在をめざして…。
posted by: hee-san | 大人にも読んでほしい絵本 | 00:19 | comments(2) | - | - | - |