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4年前の今日を伝えていく 〜 「はなちゃんの はやあるき はやあるき」
4 年前のあの日は、たまたま次女が熱を出したので、私は会社を、次女は保育園を休んでいました。
お昼ごはんのあと薬を飲ませ、ようやく次女が寝ついた頃、地震はやってきました。

いつもより揺れが大きくて長い。
しかも、治まるどころかどんどん激しくなってくる。

慌てて寝室を飛び出し、台所の食器棚の扉が閉まっていることを確認した後も、まだ揺れ続けています。
居間にある熱帯魚の水槽からは、左右に揺れるたびに水がバッシャン、バッシャンと投げ出されていました。

これはただごとじゃない。
すぐ寝室に戻ると、寝ていたはずの次女は驚きで目をかっと見開き、硬直していました。

ようやく揺れが治まったので、次女を抱いて居間へ戻りましたが、私もいつもの精神状態ではなかったのでしょう。
なぜか
「とにかく、こぼれた水を拭き取らなきゃ」
と、ぼーっと考え、雑巾で床を拭きました。
そして拭き終えてようやく、地震の状況を確認しようと思いつき、テレビのスイッチを入れました。

そこに現れたのは、陸前高田の映像でした。
沖から、発生した津波が沿岸に到達し、次々に陸地を飲み込んでいく。
そんな状況を、自衛隊が空から撮影しその映像を流していたのです。

まるでミニカーのように水田の間の道を懸命に走る車が、迫り来る津波にとうとう追いつかれる姿。
ダンプカーの運転手は、陸橋の上に車を駐めて津波の様子を眺めていました。
まさに今にも彼のいる高さまで津波が到達するというところを、カメラは移動していきました。

私は、目の前に拡がる光景が現実のものとは信じられないと思いつつ
「お願い、早く逃げて!」
という叫びも声にならず、ただ固まって見ているだけしかできませんでした。
あまりの衝撃にしばらく何も考えられず、数分後私はようやく、小学校に長女を迎えに行かねばと我に返ったのです。

あれからというもの、東京湾に津波が来たらと思うと怖くて、海で溺れたことがありその怖さを知っている私は、地下鉄が苦手になりました。
あの映像を思い出すだけで、今も心臓がバクバクします。
4年という歳月が経っても、その光景はしっかり焼き付いており、到底忘れられません。

毎朝、家族と「いってきます」「いってらっしゃい」をするとき、いつも
「もう二度と会えないかもしれない」
と覚悟を持って、心を込めて「いってくるね」と言います。
大げさかもしれないけど、考え過ぎかもしれないけど、でもその可能性はけっしてゼロじゃない。
人生は、いつなんどき、何があるかわからないから。
当たり前にあると思っていることが、奇跡かもしれないから。

「はなちゃんの はやあるき はやあるき」は
「奇跡の脱出」としてニュースになった、岩手県野田村保育所をもとにした絵本です。
何年経っても、あのときのことは忘れられない。

だけど、もし少しずつ忘れてしまったとしたら、それも怖い。
だから、忘れてしまう前に、書き記しておくことにしました。
それぞれがそれぞれの体験を、さまざまな形で、伝えていかねばと思います。
posted by: hee-san | 絵本 | 23:47 | comments(0) | - | - | - |
身近な幸せに感謝するとき〜「ロバのシルベスターとまほうの小石」
次女、6歳4ヵ月。

先週、久しぶりに保育園にお迎えに行ったところ、園庭から次女と担任の先生が駆けてきて
「今日、やってみようかって言ったらすぐ、てつぼうでさかあがりができたんですよ!
なわとびで、あやとびもできるようになったんです!」
と、先生が息を弾ませながら教えてくれました。

こどもの成長をまるで自分のことのように喜んでくれる先生に、まず心から感謝。
「初めての瞬間」を母の自分が見てあげられなかったのはちょっぴり残念だけど、毎日こどもたちを外でいっぱい遊ばせてくれて、保育園って本当にありがたいと思います。

実は一週間前にも、外から夫と一緒に帰って来た次女が頬を紅潮させながら
「ママ!自転車、乗れるようになったよ!」
と、補助輪なしで自転車に乗れるようになったことを嬉しそうに報告。
そして
「自転車乗れるところママに見せたい!」
と毎日のように言われ・・・
ようやく昨日、雨の止んだ隙を狙って、自転車にまたがる次女と外に出ました。

嬉々としてあっという間に遠くまで行ってしまう次女を眺めていたら、目の前をトンボが数匹、つつーっと飛んで行き、なんだか
「ああ、幸せだなあ」
と、娘の成長をのんびりと見守ることができる幸せを噛みしめました。

世の中では恐ろしい出来事が日々起こっていて、いつなんどき、自分や家族もその当事者になるかわかりません。
私自身、過去何度もヒヤッとした経験があり、今自分がこうしてあることが奇跡のように思えることもしばしば。
大げさかもしれないけれど、日々の小さな幸せがどんなにありがたいことか、つくづく実感しています。

だからロバのシルベスターのお話は、他人ごととは思えません。
ある日、何気なく拾った魔法の赤い小石によって、運命が一瞬にして変わってしまったシルベスター。
いくら後悔しても、元の自分に戻りたいと願っても、時間は非情なまでに過ぎていきます。
それまで当たり前だと思っていた日常生活を突然失い、愛する家族と二度と会えなくなったのだと悟ったとき。
どんな絶望がシルベスターを襲ったか、考えるだけで恐ろしくて苦しくなってしまいます。

でもね、運命は悪いほうに転ぶとは限らないのです。
この絵本がハッピーエンドで、本当によかった。
やっぱり、幸せは身近なところにあるのですね。
毎日を大事に生きよう、家族には常に愛を伝えよう、と思う一冊です。





posted by: hee-san | 絵本 | 01:40 | comments(0) | - | - | - |
長い年月を経て戻ってきてくれたもの 〜「わたしとあそんで」
数日まえ、なんじゅうなんかいめかの、誕生日を迎えました!

誕生日の一カ月ほどまえになりますが、高校時代の友人と数年ぶりに連絡を取る機会がありました。
同じ音楽を学ぶ仲間として、高校3年間を一緒に過ごした彼女は、当時からマイペースで自らの信じた道を進み、友人のことはニコニコと見守ってくれるタイプ。
私の高校・大学時代のニックネームだった「マイケル」の名付け親も彼女でした。
(MJではなく、「What's Michael!」という当時流行ったコミックスの主役のネコの名前です・・・「とぼけた顔が似てる!」と言われました・・・!)

そんな彼女が、高校1年の私の誕生日に、一冊の絵本をプレゼントしてくれました。
「もりのなかへ」などで有名なエッツの「わたしとあそんで」。
一緒に遊びたくて野原に飛び出した少女のことを、一旦は怖がって逃げてしまった動物たちが、少女がじっと待ち続けることで戻ってきてくれた・・・というお話です。

私が絵本マニアであることは一度も話したことがないのに、どうしてわかったんだろう?と、私は大喜び。
ところが、なぜこの絵本を選んだのかと聞いたら、返ってきたのは、「う〜ん、なんとなく」という、あいまいな返事。

今回、数年振りに連絡をとったとき、
「今でもあの時もらった絵本、大事にしてるよ〜。でも、どうしてあの絵本だったの?」
と改めて彼女に問いかけたら、こんな返事が返ってきました。

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あの絵本は、父がかつて勤めていた会社の社長が、社員の子どもたちに小学校入学祝いとしてプレゼントしてくれた絵本です。
当時もらった同じ絵本が、私の手元に今でもあります。
マイケルの誕生日のときは、女子高生への誕生日プレゼントにしてはちょっと的外れだけど、逆にいいんじゃないかな、という気がしたのは覚えているよ。

この絵本の内容が、読むときの自分の状況や気持ちによって、違う意味に感じられるのは、私だけかな?でも、
「時間はかかるけど、信頼したり、信頼されるようになれば、周りの人々は必ず仲間になれる、友達になれる」。
そんなメッセージを感じるところが、この絵本の好きなところかなぁ。

高校生の頃のマイケルは、もしかしたら本当の意味で、音楽を心から楽しむ術を知らなかったのかも。
私はそれを感じていた気がします。
何も知らないクセに、勝手なことを言ってごめんね。
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うわ〜〜〜。そうだったんだ!
すっかりバレてたんだなあ、さすが彼女だ・・・ !と驚きました。

当時の私は、ピアノにしろ他の楽器や歌にしろ、演奏は上手いか下手か、どちらかしかないと思ってました。
上手ければ凄いと思い、下手だと、自分のことは棚に上げて、「なんでこの人音楽やってるんだろう?」と理解できませんでした。

当時は年に一度、高校ではソロの演奏会のほかに、全員でオーケストラや合唱、ミュージカルなどが出し物の定期演奏会があったのですが、私にとっては、演奏以外のことはすべて面倒なだけで、嬉々として準備をしている仲間たちのテンションの高さが理解できませんでした。
放課後も、台本を書いたり衣装をつくったり、振付の打ち合わせをしたり・・・と、演奏会に向けてやることは山のようにあったのですが、キャッキャッと楽しそうな同級生たちを尻目に、私ときたら、
「授業が終わったら一刻も早く自宅に帰ってピアノの練習をしたいのに!」
とイライラしていいました。

当然、本番が終わった後の充実感も違ったのでしょう。
私は「あ〜終わった」程度の感覚でしたが、みんなは感極まって抱き合い、泣き笑いしていたものです。
今回彼女に連絡をしたのは、共通の知人のコンサートや、私が企画にかかわった音楽イベント「フナッシュモブ」、ピアノを弾きあう会などへのお誘いでした。
「絶対楽しいし、感動するから、ぜひおいでよ!」
と熱烈に誘う私は、そう、当時の私とは別人になっていたのでしょう。
彼女はまたもや、敏感に私の変化を読み取っていました。

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「わたしとあそんで」の女の子はマイケルで、周りの動物たちはいろんな音楽そのものであり、今の音楽の仲間なのかもしれないね。
いっときはマイケルの元を去ったかもしれないけど、戻ってきてくれた。
大切なものとなって。
いずれにしても、私はとっても嬉しいです。
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着実に学生時代からの夢を実現し、現在はリトミック指導者の第一人者として活躍している彼女。
リトミックに出会ってから、“自分”と“音楽の本当の意味”を知ったそうです。

彼女には、いつまでもかなわないだろうなあ。
でも、なぜかとっても嬉しい敗北感だったのでした。
posted by: hee-san | 絵本 | 23:21 | comments(0) | - | - | - |
カステラは幸せなこども時代の記憶 〜「ぐりとぐら」
春の大型連休、今年も無事、乗り切りました。
次女の誕生日、夫の実家への帰省、アウトドアな遊び、自宅での親子クッキングやガーデニング…と、普段はなかなか時間がとれず実行できないイベントがてんこ盛り。
ところが残念ながら、本来なら率先して楽しむべき家族のイベント、私の場合は悲しいかな、そんな余裕はなく、娘たちに喜んでもらうために何とか必死にこなした、という感覚です。

次女から頼まれていたフェルトの手作り絵本は数日間夜なべして縫いあげたし、バレンタイン以来のお菓子づくりにとしてせがまれていた型抜きクッキーづくりも、この休みを利用してようやく実現。
普段できない後ろめたさを一気に解消すべく、頑張った感満載。
ようやく日常に戻り、やれやれと一息ついているところです。

とはいえそもそも私は、こどもが生まれたら母親業に専念して、おやつや服は手作りしたいなあ、というのが夢でした。
そして庭は花や緑でいっぱいにして、できれば大きな犬も飼いたい。 
好きなピアノを弾いてこどもたちと音楽を楽しみながら、ゆくゆくは小さな絵本屋さんを営んで…。

ところが現実の私ときたら!
毎日会社勤めでくたくたになって帰宅。
日々の食事の支度さえ、いかに手をかけず満腹にさせるかで精一杯です。
時間がなく疲労がピークのときは、身体に悪いとわかっていながら、おやつはスナック菓子、食事はハンバーガー、お惣菜に頼ることもしばしば。
それらを単純に喜んで食べている娘たちを見ると、罪悪感でいっぱいになります。
しかもピアノを弾いたりインタビューに出かけたりと、母親業に専念どころか、わが子のために使える時間は減る一方。
どうしてこう、理想と反対の方向に突き進んでしまうのか、我ながらさっぱりわかりません…。

ちなみに、前述の夢の生活のひとつひとつは、私が子供のころ、まさに母がしてくれたこと。
母が焼き上げてくれたマドレーヌやパウンドケーキ、妹と三人で好きな形につくったクッキーやパン。
近くの山へ出かけたピクニックで、野苺を摘んで煮込んだジャム。
そしてそれらが焼きあがったときに部屋中に広がる、バターの香ばしいにおい。
天気のよい日は庭でレジャーシートを広げてお弁当やおやつを食べたり、みかんの実を収穫したり。
センスのよい手作りのワンピースやスカートは、ずっと私のお気に入りでしたし、遊び道具にシャボン玉液までつくってくれた母。
今でも、まるで昨日のことのように鮮明に覚えています。
「当時は近くにお店があまりなかったから、お菓子にしろ服にしろ、手作りするしかなかったのよ〜」
というのが母の言い分ですが、それがどれだけ娘に幸せな記憶をもたらしたことか!
全力で母親業をまっとうできない後ろめたさと申し訳なさを感じつつ、それでも仕事や自分のことはやめられない。
いつも、そのジレンマに苦しむのです…。

日本の絵本の王道「ぐりとぐら」を読むと、私はいつもそんな複雑な気分になります。
みんなが大好きな金色に輝くカステラは、私にとっては母が焼いてくれたマドレーヌの味。
目をキラキラ輝かせながら何べんも読んだ、大好きな絵本です。
ところが、うちの娘たちは、本棚にいつも置いてあるこの本を読んでとせがんでくることは滅多にありません。
大きなカステラの登場も、彼女たちにとって響くものではないようです。
昔と違い、おいしいお菓子が巷にあふれているせいかもしれません。
でも、もしかしすると、私が滅多に手作りのお菓子をつくらないからなんじゃないか…と深読みしてしまい、胸がチクッと痛むのでした。
posted by: hee-san | 絵本 | 22:28 | comments(0) | - | - | - |
大好きだから、自慢したい 〜「おとうさんだいすき」
司 修
文研出版


本日、次女が保育園から借りて来た作品がこちら。
これ以上ない、というくらいストレートなタイトルがかえって目を引きます。

主人公は、動物のこどもたち。
みんなで自転車にまたがりおしゃべりしています。

そこで始まったのが、各々のおとうさん自慢。
「ぼくのおとうさんはねえ…」
と、どんな乗り物を運転できるか、誇らしげに話すのです。

最初は自転車だったのが、順番が回るにつれ飛行機になり、気球になり、大型客船になり…と、乗り物の規模がどんどんエスカレート。
大好きな自分のおとうさんが一番えらいんだぞ!という思いが巨大な妄想につながっていき、微笑ましいのです。

そういえば私もこどもの頃は、やっぱり大好きな父親を誰よりも自慢したくて、いろいろ妄想を吹聴したような気もします。
そんなときの心理って、いくらこどもとはいえ、「嘘をついてる」という自覚がまったくないから不思議。
むしろ、「父親を誰よりも愛している」という誇らしさと満足感でいっぱいになったりして。

私の父は、幼い頃戦争で自分の父親を失くして父親と過ごした記憶がほとんどないため、いざ自分が父親という立場になったときに、娘たちにどう接すればいいかわからなかったと言っていたことがありました。
けれど娘の立場から見ると、こんなに素晴らしい父親は世界中探しても他にいない!と自信を持って言えるくらい、自慢の父でした。

遊び相手担当だった父はトランプは一番強いし、あやとりやぬりえだってお手のもの。
キャッチボールやテニスを教えてくれたのも、勉強を見てくれたのも父でしたから、一時は「お父さんは何でも知ってるし、何でもできる!」と本気で信じていましたっけ…。

ところで、幼いころ父親にしてもらったことで一番うれしかったことって何でしょう?
それはこの作品の最後にも登場するのですが、「やっぱり!」とうなずいてしまうこと間違いナシ。
我が夫も、私には真似できないダイナミックさで娘たちとスキンシップをとり、毎日盛り上がっています。
あまりに楽しそうで、ちょっと羨ましいんですよねえ…。
posted by: hee-san | 絵本 | 22:07 | comments(2) | - | - | - |
祖母との思い出 〜 「わすれられないおくりもの」
今朝、祖母が亡くなりました。

高齢で何度も体調を崩し、しばらく前から入院していましたが、最近は体調も安定していると聞き安心していた矢先の訃報でした。

TVドラマなどでは、容態急変の報せを受け、駆けつけた家族に見守られながら息を引きとる…というシーンをよく見ますが、私はこれまで亡くなった祖父母たちの臨終に立ち会えたことがありません。
何より、祖父が亡くなったときも、そして今日祖母が亡くなったときも、私の母自身が、両親の最後を看取ることができなかったことを思うと、胸が痛みます。

祖母との思い出が、鮮やかに甦ってきました。
ちゃきちゃきの下町育ちだった祖母。
地方育ちでのんびりした生活に慣れていた私は、たまに夏休みなど祖母の家に預けられると、別世界に入ったような感覚で毎日が驚きの連続でした。

家や庭に20匹以上いた猫たちに、可愛がるでもなくさっさと餌を置いて回る姿。
買い物ついでに商店街の縁日に連れて行かれ、買ってもらったハッカパイプ。
鈴のついた大きながま口の財布。
苦手だった白味噌のみそ汁。
散歩に出ると、道ばたの野の花を摘み取り、私に渡してくれたこと。
母と性格は正反対なくせに、笑うと鼻に皺が寄るのがそっくりで、私と私の長女にまで遺伝していること…。
つい昨日のことのように、いくらでも思い出せるから不思議です。

私は初孫だったけど、どれくらい彼女の人生の思い出に残ったのかな。
そして、これから先、彼女との思い出は私の人生にどんな影響を与え続けてくれるのだろう。

最後に祖母に会えたのは、数ヶ月前のこと。
体調を崩したと連絡を受け、両親と面会に行ったときには、意識もはっきりせず苦しげで、会話もできませんでした。
それでも、帰り際に祖母と二人きりになったとき、そっと祖母の手を握り、耳元で
「おばあちゃんのこと、ずっとずっと大好きだからね」
と伝えたところ、祖母は目をうるませながら、数回、はっきりとうなずいてくれました。

おばあちゃん、数えきれないほどたくさんの思い出をありがとう。
これからは空から、私たちのことを見守っていてね。
posted by: hee-san | 絵本 | 23:25 | comments(2) | - | - | - |
こどもはもう寝る時間! 〜「おやすみなさい フランシス」
ここのところ、超・忙しいです…

こんなときは、一刻も早くこどもたちを寝かしつけ、用事を片付けて自分の時間を確保したいのに、親の思惑どおりにはならないこどもたち。
この週末も、お風呂上がりに「パパとオセロゲームしたい!」と、次女と1ゲーム、次に長女が1ゲーム。
終わったと思ったら今度は「ママ、絵本読んで!」。
で、まず長女におはなしものを、次に次女に絵本の読み聞かせ。
ようやく寝付いたと時計を見たら、なんと22時を回っています…

ちょうど先日、長女の小学校の保護者会で、「こどもたちが何時に寝ているか」という話になりクラスで集計をとったところ、平均は大体21時〜21時半くらいでした。
我が家も平日は同じくらいでちょっとホッとしましたが、それにしても…。

私がこどもの頃は「こどもは20時に寝る」のがルールでした。

寝付きが悪かった私はベッドに入ってもなかなか眠れず、ひつじを100匹以上数えたり、妹と「寝る体操」なるものを考案して実践したりと、一応努力はしていましたが、居間からは灯りとともに、両親が見ているテレビの音がかすかに洩れてきたものです。

自分が親になってみると、こどもを早い時間に寝かせるのは、彼らの身体のためでもあるけれども、大人の時間の確保のためでもあるのだなあと、痛感しているこの頃。

「おやすみなさい フランシス」は、まさにそんなお話。
「ねるじかんよ」と言われたフランシスですが、「ミルクが飲みたい・歯磨きを忘れた・おばけが出た!」といろいろ理由をつけては、両親のいる部屋に戻っていきます。
両親は、テレビを見ていたり、ケーキを食べていたりと大人の時間を過ごしていますが、とうとうフランシスより先に寝てしまいます。
そこでやむなくベッドに戻るフランシスですが、ベッドから見える物影や窓の外から聞こえる怪しい音が怖くて、眠れそうにありません。

そうそう、私もそうだった!
天井に見える染みをいろんなモノにたとえてみたり、自作の歌を即興で歌うあたりなんて、まるで同じ!
寝付きの悪いこどもはどうやら私だけじゃなかったようです。

幸い、私に似て寝付きの悪い長女は最近ようやく一人で寝られるようになったし、まだ私と手をつながないと寝られない次女は、目を閉じさえすれば10秒後には眠りに落ちてくれるので、以前よりはマシになったかなあ、と思いつつ。

相変わらずベッドに入るまでが大騒ぎの我が家。
20時就寝は夢のまた夢のようです…
posted by: hee-san | 絵本 | 23:11 | comments(0) | - | - | - |
次女と私の保育参観 「あっちゃんあがつくーたべものあいうえお」
先週、年に一度の次女の保育参観に行ってきました。
今年は仕事が忙しいうえに、次女の発熱やらで会社を数日休んだばかりだったので、正直、保育参観はパスするつもりでした。
しかし、「今日は○○ちゃんのママが来たよ。ねえ、ママはいつ保育参観来るの?」
と毎日心配そうに聞いてくる次女。
普段、お迎えにも行けない状況も併せて考えると、とても「行けないよ」とは言えなくなってしまいました。

何とか都合をつけて「来週の木曜日に行くよ」と伝えたところ、毎日
「あと何回寝たら保育参観?」と聞いてくる始末。
でも本当に行けるだろうか、もしかしたら会社休めなくなるかも…
と前日まで不安でしたが、何とか(とはいえ、ほぼ強引に)休めることに。

当日、次女は目覚めるなり「今日は何の日か知ってる?保育参観だよ!」
いざ家を出るときも「今日はいい日だな〜 保育参観だから
と、笑いが止まらずハイテンション。
…いいよ、そんなに喜んでもらえるなら、もしこれで会社をクビになったとしても、母は本望だよ…と思えるほど、休んだ甲斐があったとホッとしました。

さて、教室に入るとあっという間に、わらわらと集まってくるこどもたち。
ちょっとでも気を緩めると、「誰のママ?一緒に遊ぼう!」と連れて行かれてしまうのは、長女のときから経験済み。
うっかり遊んであげると、自分の娘の相手ができなくなってしまい、後から娘に泣かれる羽目に…
ここは心を鬼にして、次女の望むままつきっきりで遊んであげることに。

一通りカードやパズルゲームを楽しんだところで、先生から声が掛かり、
「お集りの時間」。
今日の集団遊びは何だろう?
先生が椅子に座り、紙の人形を取り出して何やら歌遊びを始めると、つられるようにこどもたちが徐々に集まりだし、並んで座っていきます。

皆が集中したところで先生が取り出したのが、冒頭の絵本「あっちゃんあがつく」。
わが家でも「っちゃんがつく、イスクリーム!」と声を揃えて遊んでいる、娘たちもお気に入りらしい、ことばあそび。
絵本だったとは、存じませんでした…
何がそんなに楽しいのかな〜?と不思議に思っていたので、
「これはいい日に参観に来られたな」と、私も興味津々です。

「今日は『』からね」
先生がページを開くと、
っちゃん、がつく、つるつるるそば!」
と、声を揃えて読み始めるこどもたち。
なるほど〜。大勢で声に出すと、ことばのリズムが楽しいぞ
しかも、どのページもおいしそうな食べ物たちが面白く登場してる。
「今日はここまでね。」
と、『ぞ』のページまで終わると、今度は紙とペンを取り出す先生。
「この間は『い』だったから、今日は『』だよ〜。はい、『』がつくことば、何か思いつくかな?」
と先生が言うが早いか、こどもたちが「はい、はい、は〜い!」と一斉に挙手。
「じゃあ、りすさん(年少児)からね。はい、○○ちゃん!」
先生が指名すると、うれしそうに「さぎ」と言う女の子。
なるほど〜。
こうやって遊びを発展させるのですね。
次に指された男の子は、張り切って「んち」と言い放ちました。
みんな、待ってましたとばかりに大笑い。
やっぱりこどもはうんちが好きなんですねえ。
ちなみに次女が指されたときは、「そつき」と答えたので、思わず
「おお、よく自分のことをわかっているじゃないか
とツッコミを入れたくなりました。

最後に手遊びできちんとお集りの時間の終わりを告げ、その後は外遊びへ誘導。
う〜ん、遊びの中でもメリハリがきちんとつけられていて、素晴らしいなあ。
家庭でも、いちいち「あれしなさい、これしなさい」と言わなくても、こどもたちが自然に次のことができるようになるヒントがここにあるような…。
なんて感心しつつ、園庭では各自好きな遊びをしていい、というおおらかさ。
保育園って、最高ですね

さて次女は、今一番夢中になっている縄跳びを一通り私に披露した後、私の手をぎゅっとつないで、まるで大事なお客様をもてなすかのように、園庭の桜の木の下に落ちているさくらんぼ探しへと誘ってくれました

それにしても、園庭を見渡すと、こどもたちがただ元気に遊ぶ姿を見るだけで、何と癒されることか。
彼らの笑顔を見るだけで、元気が沸いてくる。
こどもって本当に不思議です。
少子化と騒がれるようになって久しいですが、やはりこどもがこの世の中からいなくなったら、大人だって元気がなくなり、世界は真っ暗闇に覆われてしまうことでしょう。

その後、給食の時間も見学しましたが、次女はよっぽど嬉しかったのでしょう。
一口食べるたびに私の方を見て「うふふ」と笑い転げる始末。
当初は「娘のために」と義務感での保育参観だったけれども、いつの間にか次女の喜びが私にも伝染したうえ、こどもたちから元気もいっぱいもらえたおかげで、「うふふ」と自然に笑みがこぼれ、いつもより軽やかに自転車を漕ぐことができた帰り道でした。
posted by: hee-san | 絵本 | 23:55 | comments(0) | - | - | - |
雨の日の魔法の杖 「ちいさなきいろいかさ」
今夜、外は嵐。
さすがに今日は超多忙な業務もそこそこに、嵐が来る前に帰途へと急ぎました。

地元に着いたら、幸いまだ暴風雨は来ておらず、雨も小降り。
それでも時折突風が吹き、傘が飛ばされそうになり、慌てて傘の柄を握りしめました。

10年近く前に、妹が誕生日プレゼントに買ってくれた大事なお気に入りの傘です。
風などに壊されてはたまりません。
そんなに大事な傘なら、こんな嵐の日に使わなければいいじゃないか、と言われそうですが、私が持っている傘はたったの2本。
しかもそのもう1本は、やっぱり10年以上前に一目惚れして、珍しく夫にねだって買ってもらったもの。
どちらも私にとっては、相棒のような、なくてはならない存在なのです。

しかも傘というアイテムは、まるで魔法の杖のよう。
私は雨が降ると気が滅入るタチですが、お気に入りの傘をパッと開いた途端、一気に弾んだ気持ちになるから不思議です。

そういえばこどもの頃は、学校からの帰り道、よく傘を使って遊んだものです。
大きな水たまりに傘を逆さにして浮かべ、そこにカエルや小人が乗って冒険に出るストーリーを想像したり、友だちとクルクル回して「雨に歌えば」のように踊ったり。
大人となった今では信じられないくらい、雨と仲良しだったなあ、と思います。

「ちいさなきいろいかさ」は、そんな雨の楽しみ方を思い出させてくれる作品。
主人公の「なっちゃん」は、買ってもらったばかりのきいろいかさを持って外に出ます。
すると雨が降って来て、動物たちをかさに入れてあげるのですが…。

こどもなら誰でも持っているファンタジーの世界への扉を、気軽に開いてくれる展開。
ワクワクした期待とほのぼのとした安心感を同時に抱かせてくれて、傘と同様、いつも本棚に置いておきたい、身近な存在です。

傘はやっぱり、魔法の杖。
雨の日を何倍も楽しくしてくれるこの特別な杖、発明してくれた人に心から拍手を贈ります!

posted by: hee-san | 絵本 | 23:38 | comments(0) | - | - | - |
迷わずひるまず、突き進めたら… 「すてきな三人ぐみ」
次女が毎晩「読んで〜」と持ってくる絵本は、私にとってタイムリーなセレクトのものが多く、驚かされます。
数日前に彼女が選んだのが、この「すてきな三にんぐみ」。
超・定番絵本で、我が家の絵本棚の真ん中に置かれていますが、ここ最近、手に取ることがありませんでした。
しかし久々に次女からその表紙を見せられた瞬間、思わず目を背けてしまいました。

この作品がなぜタイムリーで、かつ、目を背けたかというと…

東日本大震災から一年を迎え、復興に向けて、ボランティア活動やさまざまな取り組みがフィーチャーされている様子を知るにつけ、ほとんど大したことができていない己を省みざるを得ず、私は連日落ち込んでいました。

ところが、この三人ときたら!
最初はこわ〜い泥棒で、人々はこの三にんぐみに出会ったら恐れをなして逃げ、宝物をざっくざくと貯め込んでいた悪党だったのに…
ある晩、みなしごのティファニーちゃんに出会ったとたん、誰よりもすてきな、愛される三にんぐみになってしまうのです!

この作品を読むと、いかに自分が、普段は善人ぶってるくせに、イザというときに何も行動できない口先だけの偽善者であるか、という現実を突きつけられている気がします。
この三にんぐみなんて、目の前の現実に対して、迷ったりひるむこともなく、自分がなすべきことを理解したら、サッと自然体でひたすら突き進んでしまうのですから。

ちなみに、この作品の原題は「THE THREE ROBBERS」。
これを「すてきな三にんぐみ」と翻訳した作家の今江祥智さんは、さすが、ですよね。
posted by: hee-san | 絵本 | 23:58 | comments(0) | - | - | - |