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♪ 20年以上前にピアノをやめたワケ、そして今 〜 カプースチン「8つの演奏会用エチュード」♪
先日、東京・赤坂の山王病院にて、ロビーコンサートに出演させていただきました。

ボーカルの横洲かおるさんとは、いつもお子様向けのコンサートでご一緒していますが、今回は、昨年映画化で話題になった「レ・ミゼラブル」などのミュージカルソングを中心とした、大人向けのプログラム。
しかも、海外でも活躍されていたオーボエ奏者の黒瀬大輔さんとの初共演、さらにピアノソロも!
ということで、気軽にお引き受けしたものの練習時間もなかなか確保できず、直前の数週間はプレッシャーで押し潰されそうでした。

「とにかく、やれるだけのことを&ベストを尽くそう!」
と自分自身に言い聞かせての本番当日。
三人での初顔合わせはなんと本番数時間前でしたが、まるで旧知の友人に会ったかのように、息がぴったり&リラックスモード。
「あ・うん」の呼吸でリハも進み、和やかに準備万端、本番を迎えました。

満席となった会場の舞台に上がったときは倒れるかと思ったのも束の間。
ピアノに触れ、横洲さんの歌声が響いてきた瞬間から音楽が流れるようにほとばしり、不思議なオーラがロビー全体を包み込みました。
黒瀬さんのオーボエソロもまるで教会で聴いているような美しさ。
思わず天を仰ぎ、その音色に酔いしれました。

さて、私のピアノソロですが、今回は病院でのコンサートというご縁もあり、演奏の前の自己紹介として、私がピアノを再開したきっかけとなった、5年前に発症した病気についてお話しました。
未だに感覚神経が一般の方の1/3程度しかない私は、ダッシュの駆けっこや縄跳びはできませんが、カプースチンの曲を弾いていると、それらが演奏の中でできるような感覚にさせてくれるのです、といった内容でした。
華やかでエネルギッシュなカプースチンのエチュードは、一見、病院には不似合いなようですが、私にとっては、さまざまな思いを抱えたうえでの選曲だったのです。

すると終演後、あるお客様から
「私も今、脳脊髄液減少症という病気と闘っているのです。闘病生活は辛いけれど、音楽に助けてもらうことも多く、今日は共感し、元気が出ました」
というお言葉をいただきました。
こんなに嬉しいことがあるでしょうか。
演奏して、お話をして本当によかった!という喜びと、今後もピアノを弾いていこうという決意、そしてこれ以上ない励みとなりました。

実は私がピアノを再開する20年前、17歳のときにピアノを辞めた大きな理由のひとつが、本物の才能に出会ったことでした。
中学・高校と何度か学生向けのピアノコンクールに出場したけれどよい結果が出せず、それでも次のコンクールにと、見えないトンネルの出口を探っていたような状態のときのこと。
あるコンクールで、それまで「あの人はここをミスした、あそこをミスした」という程度のどんぐりの背比べの演奏が続いていたとき。

一人の男性の登場で、会場の空気が一変したのです。
彼がピアノを弾き始めた途端、それまで寝ぼけ眼だった聴衆や審査員がハッと息をのみ、演奏が進むにつれ、会場全体が興奮の渦に包まれていくのをはっきりと感じました。
そして、演奏終了とともに、「ブラボー!」と割れんばかりの称賛の拍手が巻き起こったのです。

その瞬間、「これが、本物のピアニストだ」と悟りました。
ピアニストとは、心を揺さぶる芸術的な天才がなるもので、私には到底無縁である、と。
ピアニストになれないならば、ピアノを続ける意味などない。

それまでのピアノ人生ををすべて切り捨て、その後私は、ピアノはおろかクラシック音楽からも一切遠ざかりました。
いっぽう、その天才の彼は数年後、ショパン国際ピアノコンクールで1位なしの3位に入賞。
現在も一流ピアニストとして活躍されています。

それから20年経ち、再び私がピアノに向き合うようになって。
ようやく、ようやく今、気づいたのです。

技術的にも芸術的にも、完璧な演奏を求めていた私。
けれども、完璧でなくとも、時として感動は訪れる。
それは、人の持つ、不思議な何かの力。

今回は、演奏する3人のチームワークが最高のものでした。
そして、聴きにきてくださったお客様と一体になり、不思議な力を感じました。
感動する音楽は、独りよがりでは訪れない。
引き寄せるもの。ふれあい、紡ぎあって、つくりあげるもの。

17歳のあのときに終わったと思った私のピアノ人生でしたが、ずいぶん遠回りをしたものの、今ようやく、出会った方々のおかげで、再び一歩、歩み出しました。
posted by: hee-san | piano | 21:46 | comments(4) | - | - | - |
♪ 在るものすべてが奇蹟と思えるとき 〜 ラフマニノフ「ここはすばらしいところ」 ♪
アシュケナージ(ウラディーミル),ラフマニノフ
ユニバーサル ミュージック クラシック

昨日は低気圧や台風のせいか、午後から頭がなんだかクラクラしていました。

夕刻、家路を急ぎながら小道に入ったときも、グラグラと揺れる感じにぼうっとして、下ばかり見ていて歩いていたのですが、ふと見上げると。

そこには、真っ青な空に、どこまでも白く光る雲が続いていました。

ーーああ、そうだ、台風一過だ。

我に返って辺りを見渡すと、嵐が通り過ぎた後の空気は限りなく澄みわたり、すべてのものが、この世のものとは思えない美しさを呈していました。

路地に伸びているトマトの実の青さ、風にそよぐ木々の枝。
いつも見慣れたはずの風景が、まるでこの世の奇蹟のように急に目の前に現れて、眩しくたたずんでいたのでした。

ラフマニノフの「ここはすばらしいところ」そのものの世界が、そこには拡がっていました。

今、ここにあるひとつひとつの小さなものたちが、どんなに大切で愛おしいものなのか。
そして今、自分がここにいることが、どんなに感謝すべきことなのか。

思わず涙があふれてきた、そんなひとときでした。
posted by: hee-san | piano | 23:49 | comments(0) | - | - | - |
♪ 20年ぶりにピアノを弾き始めたワケ(3)〜「さっちゃんのまほうのて」♪
20年ぶりにピアノを弾き始めたワケは、これまでその(1)および(2)に書いてきました。
それは、娘たちが通う保育園の童謡の伴奏から始まり、
4年前に突然発症した「ギラン・バレー症候群」をきっかけに本気の再開を誓い、
そして杉浦先生のレッスンに通いながら、ヤマハのグレードを取得しつつ
ひたすらがむしゃらに突っ走り…。
紆余曲折を経て
数年かけてようやく、当初に比べればかなりましな、人前で演奏しても何とか許されるレベルになってきたかな、というところです。

しかし先日の軽井沢での演奏会直前の無理な練習がたたったか、またもや四肢の麻痺がひどくなり、歩行すら重く感じるようになってきてしまいました。
するとどうしても、4年前にこの病気を発症したときのことがフラッシュバックして、動悸が激しく、呼吸が苦しくなってきます。
またあのときのように身体が戻ってしまうのではないか、という恐怖が襲ってくるのです。

「さっちゃんのまほうのて」は、生まれつき右手の指がないさっちゃんが主人公のお話。
今日こそは、おままごとでお母さん役になりたいさっちゃんですが、お友達から
「さっちゃんはおかあさんにはなれないよ! だって、手のないおかあさんなんてへんだもん!」
と心ない言葉を投げられ、園を飛び出します。
家に帰るなりお母さんに
「おおきくなったら指はえてくる?」
と聞きますが、お母さんは静かに、
「いいえ。さちこの指は大きくなってもずっとそのままよ」
と答えるのです。

大きくなってもお母さんになれないのだろうか?という絶望を胸にしまい、家に閉じこもる日々を送るさっちゃん。
けれどもある日お父さんが、その不安を吹き飛ばしてくれたうえに、
「さちこの手は、不思議な力をくれるまほうの手なんだよ」
と言ってくれたのです。

この言葉の持つ意味を強く噛みしめ、そして改めて納得しました。
私は発症当時、既に大人でしたから、
「これは神様が与えてくれた試練で、自分にとって何か意味があるに違いない」
とすんなり事実を受け入れることはできました。
けれども、やはり激痛を伴う不自由な四肢と日々付き合っていくのはたやすいことではなく、時折忘れることはできても、この先どこまで回復するのかを思うと、
「たとえどんなに練習を重ねても、もう軽やかにピアノを弾ける日は二度と来ないのではないか。
こんな努力自体、馬鹿げているんじゃないか」
と、絶望を抱くことの繰り返しでした。

しかし今回、たまたま恐怖が襲ってきたタイミングで、数年ぶりにこの絵本を読む機会があり、発症前とは違う、「希望」を読み取りました。
不安のあまり忘れそうになっていたけれど、そうだ、この病気のおかげで、ピアノを再開しようと思えたんじゃないか、だからここまでまたピアノを弾けるようになったんじゃないか!
こんな状況に置かれなければ、たとえ自由に動く手があったとしても、今さらピアノを本格的に弾こうとは考えなかったに違いないのです。

人は、目の前に山があれば登るし、壁が立ちはだかれば乗り越えようとするもの。
思いもよらないエネルギーが、そんなときこそムクムクと沸いてくる。
だから、たとえ軽やかでダイナミックな演奏ができるようにならなかったとしても、今の私のこの手は…
間違いなくさっちゃんと同じ、「まほうのて」。
なのです。
posted by: hee-san | piano | 00:15 | comments(2) | - | - | - |
♪ 演奏する歓び、分かち合う喜び 〜 カプースチン「ピアノ・ソナタ 第2番 作品54」♪
カプースチン(ニコライ),カプースチン,ザゴリンスキー(アレクサンドル),ヴォルコフ(アレクセイ)

先週末、所属するピアノの会の演奏会が軽井沢で行われ、初参加しました。

実はこの会への入会にあたり、昨年末、一度定例会(メンバー間で演奏を披露しあう場)を見学したのですが、その演奏レベルの高さに驚き、
「これはかなり気合いを入れて練習しないと、この場で自分が演奏することなど到底できないな」と、相当焦りました。

その後、メンバーの方とはランチやらインタビューやらで交流しつつも、月イチの定例会には用事やこどもの病気などが重なり、まったく参加できず…
幸か不幸か、一度も会員の皆さんの前では演奏する機会を逸したまま、本番の日を迎えてしまったのです。

この演奏会で弾くと決めたラフマニノフ「楽興の時 第一番」ですが、入会から半年弱の間、かつてないほど練習を重ねました。
アマチュア・コンクールの上位入賞者や、何十年もこだわりを持って弾き続けている皆さんと同じ舞台で弾かせていただくのですから、下手な演奏をするわけには絶対にいかない!
とはいえ、仕事もあるし、育児や家族の行事に多くの時間を費やさざるを得ない身としては、練習時間の確保は難しく…
苦肉の策として、通勤時間を楽曲のアナリーゼや自己演奏の分析に当てることにしました。

具体的には、月に一度の杉浦先生のレッスン録音で重要だったことはすべて楽譜にメモし、そこからヒントを得た和声の進行など、いくつかのポイントに着目。
また、自宅での練習時は毎回必ず弾き始めに一曲通して録音。
自分の演奏と理想の演奏とでは何が食い違っていて、どこを治せば気持ちよく聴こえるようになるかを細かくチェックしながら、朝・夕の通勤電車内で分析を繰り返したのです。

最終的にはこれがかなり効を奏し、少ない練習ながらもなんとか音楽的にはまとまりのある流れをつくることができました。
とはいえ、やはり技術的な問題が最後まで残り、そこだけは本番に間に合わせることができませんでしたが…。

そしていよいよ本番の日。

今回、私は弾くだけでなく、メンバーの皆さんの演奏を聴くのをとても楽しみにしていたので、リハと出番前後以外の時間はほとんど客席に座っていましたが、何とバラエティーに富んだ選曲と個性豊かな演奏が続くことか!
一曲ごとに立ち上がってスタンディング・オベーションを送りたいくらい、興奮しっぱなし。
肝心の自分の出番も、緊張で真っ白、なんてこともなく、美しいお宝ピアノ(ハンブルグ・スタインウェイ)の音色とその場を楽しむことができ、途中から
「まだまだ弾いていたいよ〜終わっちゃうの嫌だ〜」
なんて駄々をこねそうになってました。

さて、今回のトリを務めたIさんが演奏したのが、冒頭に挙げたカプースチンのピアノソナタ第2番の第一楽章。
実は、この曲を聴くのは初めてでしたが、一気にテンションが全開に!
現代音楽には何となく苦手意識があり、今までほとんどカプースチンをきちんと聴いたことがなかったのですが、この曲は私が愛するジャズそのもの!
しかも、ものすごく楽しい!
もう、居ても立ってもいられないくらい、はじけまくってました。
あまりにも気に入ったので、すぐにCDを購入したのですが、家で流した途端、次女は踊りだすし、長女もエアピアノ状態に。

弾いて楽しくて、聴いても楽しくて!
ピアノって、音楽って、本当に、なんて素敵なんだろう!
心の底からそう感じた、とても貴重な一日でした。
posted by: hee-san | piano | 00:14 | comments(0) | - | - | - |
♪ こどもの頃からさまざまな音楽を 〜 湯山昭「お菓子の世界」♪
湯山昭さん、ご存知ですか?
知らない、という方。では「あめふりくまのこ」は?

おそらく、こどもの頃に誰もが一度は聞いたことがある、もしくは歌ったことがあるであろう童謡ですよね。
私もこの歌が大好きで、娘たちには、子守唄とともに何度も歌ってあげたものです。

湯山昭さんは、そんな誰でも知っている童謡から合唱曲、管弦楽曲までつくっている方ですが、私にとっては、とても大切な思い出の作曲家です。

私がピアノを習い始めたのは4歳でしたが、初めてのピアノの発表会で弾いたのが、この湯山昭さんの「月曜日のソナチネ」という曲でした。
今でも、お気に入りの黄色のワンピースを着て弾いた、スポットライトがまぶしい舞台での高揚感をはっきりと覚えています。

「月曜日のソナチネ」は、「日曜日のソナチネ」というピアノ曲集の中の一曲。
序曲の「音のデッサン」と月〜日曜日までの7つのソナチネで構成されていますが、いわゆるスタンダードなクラシックっぽい曲から近現代、ジャズなど、あらゆる要素が盛り込まれた作品であす。

今思うと、私のピアノの先生は、定番よりちょっと遊び心がある楽曲をよく弾かせてくれたようです。
当時、こどものピアノ入門書の定番だったバイエルも、結局一度も弾かせてもらえず、「今バイエル何番習ってる?」という友だちとの会話の仲間に入れず、さみしい思いをしましたっけ…

それでも、不協和音やいわゆるクラシック音楽では存在しない和声の進行、リズムなどを、まだ頭が柔らかい幼少期から慣れていたおかげで、様々なパターンを即興で弾けるようになったのかなあ、と思うのです。
小6で初めてキース・ジャレットを聴いたときも、「ああ、私が幼稚園のときに弾いた曲と同じ感じだなあ」なんて思ってしまったくらいですから…。

そんなわけで、湯山昭さんのピアノ曲がいまだに大好きな私。
先日行なった保育園の音楽会でも、楽器紹介としてどんなピアノ曲をこどもたちに披露しようかなあ、と考えたときに、湯山昭さんの「お菓子の世界」にしよう!と決めました。

この作品も、湯山さんらしい遊び心が満載。
シュークリームやドロップス、柿の種まで!ありとあらゆるお菓子がひとつひとつの曲になっているのです。
今回はその中から「ドーナッツ」を選びました。
ドーナッツが油の中でポンポン跳ねる感じが、ドラマティックなストーリー仕立てになっていて、大人が弾いてもかっこいい!

聴いてくれたこどもたちには、どんなイメージが残ったかはわからないのですが、後で娘を保育園に迎えに行ったとき、「あ、ドーナッツの人だ!」と言ってくれた子もいたので、少しは印象に残ったかなあ?
小さい頃から、音楽にはいろんなものがある、ということだけでも感じてもらえていればいいなあ、と思います。
モーツァルトだけがピアノじゃないからね!
posted by: hee-san | piano | 23:08 | comments(0) | - | - | - |
♪ 見ているのに見えていないもの、聴いているのに聴こえていないもの 〜 ラフマニノフ「楽興の時」 ♪
アシュケナージ(ウラディーミル),ラフマニノフ
ユニバーサル ミュージック クラシック

先週も杉浦先生のところへピアノのレッスンに行ってきました。
今は、3月の発表会に向けて、初のラフマニノフに取り組み始めたところ。

今回選んだ「楽興の時」は、毎日聴いても飽きないくらい完璧で個性的で美しい楽曲ですが、私にとっては明らかに、背伸びし過ぎの感あり。
でも!もうこの年齢になると、残りの人生であと何曲弾けるかわからないし、趣味で弾いてるんだから、好きな曲を弾きたいときに弾くんだ!と開き直ってます

この曲では、苦手な「脱力奏法(重力奏法)」やぺダリングの克服を目標に取り組んでいます。
が…毎度のことですが、早くもつまづき気味
思うような音がまるきり出ないし、どうしたら理想通りに弾けるのかもわからない。
本来、自分なりに曲を解釈しながら仕上げていくものですが、そんな余裕すらありません。
耳をふさぎたくなるほどひどい演奏なわけですが、先生は辛抱づよく、ひとつひとつ細部にわたるまで、どのように演奏すべきか指導してくださいます。

すると、「あ!なるほど!」とか「え!こんなことにも自分で気付かなかったの!」と思うことがしばしば。
目から鱗がいっぱいです

こんなところにスラーが、テヌートが…ひどいときになると、ディミネンドって書いてあるじゃん!ということまで。
おかしいなあ、いつも楽譜とにらめっこしているはずなのに…。

大事なことはすべて楽譜に書いてあるので、ひとつひとつ、ちゃんと見ていれば気づいて当たり前なのに、何故か見落としている。
故意によるものなのか、性格的にいいかげんだから適当に飛ばしているのか…。
いやいや、明らかに読み取るだけの実力が備わっていないのですが。
う〜ん、我ながら情けない。
そういえば、お手本にしようと何度も聴いている、アシュケナージの演奏も、聴き取れていない部分もかなり多い。

これって、ことピアノに限ったことではなく、もしかして人生全般にも言えることかもしれないな、とふと思ったりします。

例えば、ごく日常的なことだと、毎日通っている道沿いの店舗が、ある日気づくと閉店してもぬけの殻になっているのに、何の店だったか思い出せない…っていうこと、ありませんか?
毎日通って、目に入っていたはずなのに。

これだと例えがちょっと違うかもしれませんが、とにかく、見ているはずなのに、聞こえているはずなのに、見落としている、気づかないことがある。
なぜでしょう?
おそらく、無意識のうちに、今の自分にとって、必要じゃない、もしくは自分のキャパに収まりきらない、と判断したものは、自動的に選別して記憶に残さないようにしているんじゃないかな、と思います。

でも、ことピアノの場合は、なんだかそれでいいような気がするのです。
すべてのことに一度に気づいてしまうと、それをすべて表現できるだけの実力が身についていない場合、表現できないストレスで気が狂いそうになるに違いありません。
キャパを超えてしまうわけですね。

それに、一段一段、階段を登ると見えてくる景色が変わってくるように、
「これができたら、次の課題が自ずと鮮明に見えてくる」
というほうが、一歩ずつ確実に先に進んでいけるような気がします。
はじめから、頂上までのすべての景色が見えてしまったら、道中どんな景色が見えてくるかという楽しみがなくなって、ただ長い道のりを登るのがつらいだけ、というような…。

これは、できない人間の言い訳かしら?
こんな理屈をこねている時間があったら、少しでも練習しなさい!という先生の声が聞こえてきそう…。
これも聞こえないフリしたりして。
あ、やっぱり性格のせいか!
とまあ、開き直りつつ、できることから少しずつ、頑張りま〜す!
posted by: hee-san | piano | 23:55 | comments(0) | - | - | - |
♪ こどもの頃の夢 「いつかは英雄ポロネーズを」 ♪
ハラシェビチ(アダム),ショパン
ユニバーサル ミュージック クラシック

私がピアノを始めたのは、4歳のとき。
音楽好きな父が
「自分は習えなかったから、娘には弾けるようになってほしい」
と、私が生まれてすぐに、カワイのアップライトピアノを購入したそうです。

いざ習い始めると、毎日母が張り付き、何時間も厳しく指導されて大変でした。
今では穏やかな母ですが、当時は、いつも目を三角にして怒っていて…。
私も子どもなりに、いかに母の目をごまかして楽をするか、と知恵を凝らしたものです。
「1時間練習しなさい」
と言われたら、家中の時計を20分くらい進ませる。
どうしても練習が嫌になったら
「じゃあ、公園で自転車の練習する!」。
いざ公園に行くと
「やっぱりピアノにする!」
こんなことの繰り返しで、何度叱られたことか。
でも、そのおかげでピアノも上達したし、自転車も乗れるようになったのですが…。

母のお腹の中にいた頃から、頻繁に聴いていたのが、アダム・ハラシェヴィッチのショパン曲集のレコード。
ハラシェヴィッチは、第5回ショパンコンクールで「英雄ポロネーズ」を弾き、優勝したポーランドのピアニスト。
しかしこのとき、アシュケナージがやはり素晴らしい演奏をしたにも関わらず2位に終わったことで、「審査結果に政治的要因が絡んでいた」など、ハラシェビッチにとっては不名誉な評判が有名になってしまったとか。
とはいえ、父は当時、ハラシェヴィッチが来日したとき演奏会に行き、素晴らしい演奏に感銘を受けてレコードを買ったそうです。

というわけで、私の生前から我が家にあったショパン曲集は、ハラシェビッチ。
なかでもやっぱり「英雄ポロネーズ」は別格のすばらしさで、幼少時の私にとっても憧れの曲。
いつしか、「いつかは英雄ポロネーズ」が目標になりました。

月日は流れ、高校2年でピアノを辞めようと決心したとき、最後の音楽会で弾いたのは、もちろん「英雄ポロネーズ」。
大好きな曲を人前で、それも両親がいる前で披露することができたので、
「いろいろあったけど、これで心残りは一切ナシ!」
と思えたものです。
以来20年近く、ピアノから遠ざかりましたが、未だにこの曲を聴くたびに、子どもの頃の思い出が甦ってきます。
posted by: hee-san | piano | 21:54 | comments(0) | - | - | - |
♪ 20年ぶりにピアノを弾き始めたワケ(2)〜「奇蹟のカンパネラ」♪
フジ子・ヘミング,ショパン,リスト
ビクターエンタテインメント

3年前の夏、難病「ギラン・バレー症候群」を発症しました。

急きょ入院、血液製剤の点滴を受けましたが、手足が麻痺し、まったく動けない状態に。

ベッドの上でまず思ったのが、おこがましくも「ピアニストにならなくてよかった」ということ。
手が動かなければ鍵盤を叩けないし、足が動かなかったらペダルも踏めませんから、ピアノ弾きには致命傷だと思いました。

入院中は、手足が動かないので本も読めず、姿勢もうまく変えられないのでテレビも見れず、激痛で睡眠も一日30分ほどしかとれず。
ほぼ一日中ベッドの上で、窓から見える小鳥たちを眺めるか、ヘッドフォンで音楽を聴くくらいしかできませんでした。

音楽を聴くにしても、身体的にも精神的にもつらい状態だったので、普段聴いていたポップス等は受けつけず、ひたすらクラシック音楽中心。
久しぶりにクラシック音楽にどっぷり漬かりました。

そんな状態が1ヵ月近く続きましたが、少しずつ手足が動き始め退院。
痛みのピークが過ぎ、ようやく病気以外のことが考えられるようになってきました。

すると不思議なもので、「ピアノが弾きたい!」と思うように。
もう20年近く、保育園の音楽会以外ではほとんど弾かなくなっていたのに!
いざ弾けない状況になると、弾きたくなるようです。

フジ子・ヘミングさんのエピソードが頭をよぎりました。

聴力を失って、一度は大きなチャンスを失った彼女。
でも諦めず治療しながらピアノを弾き続け、再びチャンスをつかみ、みごとブレイクしたエピソードは有名です。

そう、恐れ多くも、スケールは違えど、自分の状況をフジ子さんのそれに重ね合わせてしまったワケです。

それまでできて当たり前だったことができなくなって初めて、できることのありがたさを痛感するものです。
誰の助けも借りず、普通に道を歩く、自分で箸を持って食べる。
当時はそんなことすらできない状態でしたが、絶対にピアノを弾こう!と決意しました。

それからは、日々のリハビリとともにピアノに触れることを始め、いつの間にか…現在に至ります。
普通に歩けるようになり、箸を扱えるまでに回復した今でも、麻痺が残ってるので以前のようには弾けません。
それでも、ただ機械のように弾いていた10代の頃と違い、弾ける喜びで全身が満たされるようになりました。

今でも、フジ子さんの演奏を聴くと、入院当時の記憶がよみがえってきます。
極限の痛みの中でも、
「これは神様が与えてくれた試練だから、きっと何か意味があるに違いない。私は今、試されているんだ」
という思いが常にありました。

今、こうしてまだ完治せずに麻痺が残るのも、その思いを忘れないように、ということなのかもしれないし、いつか完治したらもっとうまく弾けるようになるかもしれない。
そんな希望が、未来に続く日々の積み重ねを導いてくれているのかも…とも思うのです。
posted by: hee-san | piano | 03:28 | comments(2) | - | - | - |
♪ 20年ぶりにピアノを弾き始めたワケ(1) 〜 「世界中のこどもたちが 」♪
4歳〜高校2年までピアノを習い、将来はピアニストになるんだと、漠然と思っていました。
でも、そこまでの才能がないとはっきり気づいたとき…。
ピアノを弾くのをきっぱりやめました。

恩師は
「ピアニストにはなれなくても、ピアノの先生になるとか、いろいろ道はあるよ」
と引き止めてくれたのですが、私の中に「ピアノの先生」という選択肢は一切、ありませんでした。

こどもという存在がちょっと怖かったし、教える、ということに興味もなかったし、第一、先生というものは教え子の将来に重大な責任を負うはず。
人の一生を左右する職業に就くなど、私にはまったく自信がありませんでした。
そして、未練や後悔がちょっとでも顔を出すのが嫌で、それ以来ほとんどピアノに手を触れることもありませんでした。

それから月日は流れ、二度目の育児休暇中。
保育園のママ友から、「ピアノを弾ける人を探している」と声をかけられました。
何でも、保育園の中で、楽器を弾ける保護者による音楽会を父母会が主催しているとか。その年にピアノを弾ける人がいなかったので、参加してみないかとのことでした。

幸い育児休暇中で家にいたのと、童謡中心で難しい演奏は必要ないということだったので、気軽な気持ちで参加してみることにしました。
(ところが実際参加してみたら、集まった方はヴァイオリンの坂田さんはじめ、皆さんほとんどプロフェッショナルだったのですが…)。

そして本番。
最初の曲「チューリップ」を弾き始めたとたん、それまでおとなしく座って待っていたこどもたちが、一斉に大声で歌い始めたのです。

こちらの演奏の音がかき消されるほどの大合唱。

驚いてこどもたちのほうを見たら、みんなキラキラと瞳を輝かせ、頬を紅潮させ、全身を使って歌っているのです。
なごやかにゆったりと…という音楽会のイメージは一気に崩れ、こどもたちのパワーにぐいぐい引っぱられていきました。

「音楽って、楽しむものなんだ」

という、当たり前のことに気づいた瞬間でした。
こどもってすごい、理屈じゃなく、本能で、全身で、全力で、音楽を楽しめるんだ、と。

このこどもたちのパワーと、なんともいえない一体感みたいなものを共有したくて、それから毎年、この音楽会に参加しています。

そしてこれを機に、再びピアノに向きあうようになりました。
弾くためじゃなく、音楽の楽しさを共有するために弾くようになったら、10代のときとはまったく違う気持ちで楽しめるようになったのです。
自分の演奏を披露するための音楽ではなく、みんなと音楽の楽しさを共有していけたら、と思っています。

音楽会のレパートリーの中でも、特に気に入っているのが、この「世界中のこどもたちが」。
「はらぺこあおむし」を歌にした新沢としひこさんの作詞、「ピーマン村」シリーズの絵本で有名な中川ひろたかさん作曲、というゴールデンコンビの素晴らしい歌です。
小学校の音楽の教科書にも載っていますが、まだあどけなさが残る保育園児たちが元気に歌う姿は、また格別。
ただこどもたちが元気に歌っている、というだけで胸が熱くなってきます。
長女が保育園で手話つきで習ってきたのを家で歌ってくれたのに感激して、音楽会でもやりたい!と言ったら、ボーカルで参加していたシンガーの横洲かおるさんが歌と手話を覚えてくださり、レパートリーに加わりました。

世界中のこどもたちが、一度に皆で歌ったら、空も海も歌う。
そんな気持ちで、今後もこどもたちと音楽を通してつながっていたいなあと思います。

ぜひ皆さんも、お子さんたちと一緒にご自宅でも歌ってみてください!
カスタネットやタンバリンを使っても楽しいですよ♪
posted by: hee-san | piano | 15:28 | comments(3) | - | - | - |
♪ 自分を解放できる場所 〜ピアノとショパン ♪
自分を解放する術をちゃんと知っていますか?
人生いろいろあるけれど、どこかで袋小路に追いつめられないように、自分を解放する術は把握しておきたい。
まあ簡単に言えば、日々のごちゃごちゃをすべて忘れてリセットできる方法ってことなんですけど。

私の場合は、ピアノを弾くこと。
齢39にして20数年ぶりにピアノを再び習い始め(その経緯については後日…)、そして最近ようやく気づいたのです。
ピアノが自分を解放してくれる場所だったっていうことに。
なんて長い時間がかかったんでしょう。鈍感にもほどがある!

特に私が好んで弾くのはショパン。
ピアニストにはショパン弾きが多いような気がしますが、ド素人の私でもなんとなくその気持ちがわかります。
バッハもモーツァルトもブラームスもラフマニノフも好きだけど、何となく弾き終えたときにスッキリしなくて、モヤモヤ感が残るのです。でもショパンを弾くと、「はい、お疲れさまっ!」と満足して心地よい眠りにつくことができる。
もちろん曲に取り組んでいる間は、苦悩と発見、悦びと挫折の繰り返しですが、そうしてあっという間に時間が過ぎ、気づいたら何時間も弾いている。
そのときの心地よい全身の疲労感と、精神の解放感といったら!
どんな悩みも吹き飛ばして空っぽにしてくれるんです。

人間ってホントに不思議です。
複雑なようでけっこう単純なのかもしれません。
一生かけて探し続けたものが、実は身近にあるちょっとしたことだった、という話も聞きますよね。
私はこれで初めて「自分を知ることが大事」という意味が、ようやく少しわかってきました。
ちょっと遅かったけど…、何事も遅すぎることはないって言いますものね!
今の目標は、ショパンのバラード&スケルツォを全曲パーフェクトに弾けるようになること。
何年かかるかわかりませんが…。名盤中の名盤、ルービンシュタインのように、とはもちろん望まないけれど、自分なりに満足な演奏ができる日が来ますように♪
posted by: hee-san | piano | 14:16 | comments(2) | - | - | - |